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2005年2月18日

AIR劇場版と出崎監督

 四式楽屋裏さんの劇場版『AIR』で、

残念ながら『AIR』から出崎演出に触れた人は過去作品に触れる事はあんまし無いかもなぁ、とか思ったり。そのあたりどうなんだろう、若い人の反応を知りたい気もする)

というのがあったので反応してみます。最初はコメントしようと思ったんだけど、長くなりそうなのでトラックバックで。
 (西村)ちなみに、私のレビューはちなろぐの方に。

 実は私自身はもう若くなかったりするんですが(^^;)(何せ、70年代は幼稚園にいたころだし、当時のアニメなんてほとんど覚えてない)、出崎統という人がメインで関わった作品をまともに見るのは、今回の「AIR 劇場版」がたぶん初めてです。

 で、演出についての感想ですが。非常に効果的な演出だとは思いました。
 が。
 古くさい、というよりは、マンガ的だな、というのが正直な感想です。

 マンガ、というのは、ご存じの通り静止画で構成されているわけです。だから、静止画の中で、限られた紙面スペースの中で、どうやったインパクトを与えられるか、という技法をマンガというメディアは進化させてきたわけです。
 劇場版AIRで多数用いられていた、劇画調の止め絵、という演出。「劇画調」という言葉の通り、それは劇画というマンガの中で用いられてきた手法ですよね。大ゴマで影を濃いめに描いて、時間を止めたように見せる演出。
 また、画面を分割して、二人のキャラをしゃべらせる、というのも、コマ割り演出の一種ですよね。

 ただ、これらの効果は、あくまで静止画で進化してきたもの。だから、動画であるアニメでも、動きを止めざるを得ません。
 せっかく動画であるアニメーションで動きを止める。これは諸刃の剣である気がします。
 まあ最大の問題点は、その演出を多用しすぎて、インパクトが薄れてしまった(というかほとんどギャグになってしまった)、ということにあると思いますが。

 余談ですが、これとは逆に、動きとカメラワークを駆使した演出で魅せてくれているのが、「AIR TVアニメ版」であるというのが、なんだか皮肉な感じがします。


 で、もう一つ──演出云々よりもっと大きな問題が。
 それは、今回のAIR 劇場版を見た観客(特に、ゲーム版AIRからのファン)に、「出崎という人は原作、あるいは原作ファンをないがしろにする人だ」という印象を与えてしまったこと、だと思います。
 AIR 劇場版を見に行った多くの人は、ゲーム版をプレイして、ゲーム版が好きな人、だと思います。ところが、出てきたものはゲームとはまったくの別物。しかも、本人はゲーム版を知らないで作ったと。それはもう、原作ファンは怒ったり呆れたりしちゃうわけですよ。観客のことを考えず、自己満足で作品を作る人、そういう印象を持たれても仕方ないと思います。当然、過去作品なんて見る気にもなれません。
 あと、この春からNHKで放送される「雪の女王」というアンデルセン原作のアニメで、出崎氏が監督をするわけですが、急激にこの作品を見る気が失せています。短絡思考だとはわかってるんですけどね……。

 以上、若くない人の感想でした(^^;)。

以下のサイトや書籍等が参考になるかもしれません


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