2008年5月 1日
知らせるべきではなかったんだろうか
桃邪気Pの訃報からしばらく経って。MAD作りに集中したり、自転車でがむしゃらに走ったり、普通に日常を過ごしているうちに、ようやく自分の中で少し落ち着いてきました。
この報せを聞いたとき、私はいてもたってもいられなくなり、半ば反射的に先の記事を投稿しました。桃邪気さんの作品が多くの人たちに愛されているのを知っていたからです。また、彼の友人でニコマスに足を踏み入れているのは私ぐらいで、また、Twitterと連携すればそれを広く伝えることができるだろうとも考えました。
結果として、この報せは、多くの人に伝わることとなりました。たくさんの追悼のメッセージが、blogや投稿された動画へのコメント、という形で表されています。彼の作品は、本当にたくさんの人の心を動かしてきたんだなあ、と、思わせるものでした。
しかし。そのことが、多くの悪意をも呼び込むことになってしまいました。
ご存知の方も多いかと思いますが、「隣に……」の動画に、酷い中傷を含んだコメントが多数投稿されていました。直接は見ていないのですが、タグも荒らされていたようです。
桃邪気さんは、世間に名を知られている有名人ではありません。ただ趣味の世界でちょっと名が知られている、ただそれだけのはずでした。しかし、私がそのことをネットに公表したせいで、彼の作品が、想いが汚されてしまった。
残念なことに、悪意を消すことはできません。しかし、彼のことを知っている人たちだけでそっと悼んでいるだけならば、こんなことにはならなかったでしょう。
彼の死を伝えないほうが良かったんだろうか。そんなことを、ふと、思ってしまいます。
以下のサイトや書籍等が参考になるかもしれません
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文月の行動が正しかったのかどうかはわかりませんが、確かにこれだけはいえます。
あなたの記事がなければ彼の死を知ることはできませんでした。
あなたの記事のおかげで僕は桃邪気Pさんに黙祷をささげることができました。
どうもありがとう。
はじめまして。
上でNONAMEさんも仰ってますが、あなたのエントリがなければ、我々は桃邪気Pがお亡くなりになったことを知ることはできませんでした。
我々の大多数は当然、桃邪気Pの氏素性を知っているわけではありませんが、千早役の今井麻美さん作詞の曲、『月下祭』の一節「踏み鳴らす同胞者(ともら)の大地の音は」の「同胞者」であると思っております。同胞の死を知らせてくださったこと、その死を悼む機会を下さったことに、ただただ感謝する次第です。
現状の動画の荒れ方は文月さんの意にはそぐわないでしょうが、ああいったならず者よりも、桃邪気Pの死を悼む真っ当な人間の方が多いことをどうかご理解ください。
最後に、厚かましいお願いになると存じておりますが、もしご遺族に何かお伝えできる機会があるようでしたら、日本全国に桃邪気Pの死を悼み、冥福を祈る人間がいるという事をお伝え願えませんでしょうか。
何卒宜しくお願い申し上げます。
NONAMEさん、TOSHIBOUさん
そう言っていただけると、なんというか、助かります。
荒らしはおそらくごく少数だというのは想像は付いてます。それでもね……人の死をバカにする連中がいるのが我慢できなかったんですよ。
自分が、親しい人の死にあまり触れた経験が無いのも原因とは思いますが。