アカイイト SS
クリスマス・プレゼント

「ううっ、やっぱりこっちは寒いねえ……」
 飛行機から降りた浅間サクヤの第一声はそれだった。もう十二月。寒くて当然なのだが、つい数時間前まで沖縄にいた彼女にとって、この寒さはかなり堪えた。

 話は、少し前にさかのぼる。
「沖縄ぁ?」
 突然の話に、桂は一瞬、それが何のことか分からず、例によって間の抜けた返事をしていた。
「ああ。今度の仕事がさ、『冬の沖縄の自然』だとかでさ、しばらく沖縄まで行くことになっちまったんだ」
 そこまで言われてようやく納得の行く桂。
「いいなあ、沖縄。あったかそうだよねえ。まだ泳げたりするのかなあ?」
「ばーか。仕事だよ、し・ご・と。たとえ泳げる時期だって泳いでる暇なんてないって」
「うーん、でもわたし、行った事ないから羨ましいなあ。それで、どれくらい行ってるの?」
「一応、二週間ぐらいらしいんだけど、状況次第、かな。いい写真(え)が撮れるまで、粘りたいってのが編集部の意向らしいよ」
「二週間か……長いね」
 サクヤはルポライター兼フォトグラファーを生業としているため、遠出をすること自体は珍しく無かったが、桂とサクヤが一緒に暮らし始めてから、そこまで長い間離れるのは初めての事だった。
「ひょっとして、寂しいのかい?」
「べ、別に寂しくなんかないもん。そりゃ、サクヤさんと一緒にいられる方が嬉しいけど……お仕事だしね。大丈夫、わたし一人でもなんとかやっていけるよ」
「そうかい。じゃ、留守番頼んだよ」
 それが十二月の頭ごろの話。それから沖縄に出かけて、サクヤは持ち前の野生のカンを存分に使って、二週間きっちりで仕事を終えてきた、というわけだ。
「桂のやつ、突然帰って来たら、驚くだろうなあ」
 実は、今日帰ることを、サクヤは桂に伝えていなかった。こっそり帰って、驚かせてやろう、という魂胆だったのだ。なにしろ、今日は十二月二十四日、クリスマス・イブ。それくらいのサプライズがあっても許されるだろう。

「はぁ……」
 桂は、一人きりの自室で、ため息を付いた。今日は十二月二十四日、クリスマス・イブ。だというのに、予定は何もない。
 去年までは、お母さんと一緒に過ごしていた。でも、もうお母さんはいない。一緒に暮らし始めたサクヤさんは、仕事で沖縄に行っちゃってるし。
「二週間、って言ってたから、そろそろ帰ってきてもいいころだよね……」
 大丈夫、とは言ったものの、いざ離れてみると、その時間はとても長く感じられた。
「寒いなぁ……外、出たくないなぁ……」
 そんな若者らしくない考えが頭をよぎる。いけない、いけない。もう少し前向きに考えないと。
「そうだ。サクヤさんにプレゼント、買おう」
 お母さんが亡くなってから、いろいろと面倒を見てくれたサクヤさん。夏には、文字通り命を助けられたし。クリスマスという特別な日に、プレゼントを贈るのは悪くないと思った。
「じゃ、早速買い物に行こう」
 桂は身支度を整えると、北風の吹きすさぶ中、街へと足を向けた。

 サクヤと桂が住むアパートは、空港から電車で一時間半ほどのところにある。荷物を抱えて帰って来たサクヤは、アパートの階段を上って、ドアチャイムを鳴らした。ピンポーン、という音がかすかに部屋の中から聞こえた。だが、しばらく待っても返事は無い。
「どっか出かけてるのかねぇ。ま、なんの連絡も無しに帰ってくる方も帰ってくる方なんだけどさ」
 カバンから鍵を取り出し、ガチャリと開ける。ドアを開けると、中から温かい空気が漂ってきた。どうやら、ちょっと前まで桂はこの部屋にいたらしい。
「ただいま、と」
 部屋の中は、仕事に出たときとほとんど変わっていなかった。じぶんがいない間も、ちゃんと掃除とかはしていたようで、サクヤは一安心した。。
 まず旅の荷物をほどいて整理することにした。そのうち桂も帰って来るだろう。
「やれやれ。長旅だと荷物が多くなって嫌だねぇ」
 整理している途中で、小さな紙袋を見つけた。沖縄で買ったものだ。
「これはすぐに出せるようにしておかなきゃだね」
 そう言って、サクヤはその紙袋を戸棚にしまった。それから持っていった服を片づけたり、かき集めた資料などを整理しているうちに、けっこうな時間が経っていた。
「やれやれ。桂の奴、どこで遊んでるんだか……」
 携帯にかければいいだけの話なのだが、それでは当初の目的──いきなり帰って来て、桂を驚かせる──に反する。
「そうだ。クリスマスだし、ケーキでも買いに行くかねえ」
 そう決めたら行動は早い。サクヤは身支度を整えると、ケーキを買いに街へと足を向けた。

『でねー、はとちゃん、聞いてる?』
「うん、聞いてるよー」
 買い物に行こうとした桂の携帯に電話がかかってきたのは、商店街に入る少し前のこと。「暇だから」という理由で電話をかけてきたのは友人の奈良陽子。
『お凛のやつも誘ったんだけどさー。『今日は、家族でディナーの予定ですので、遠慮しておきますわ』だってさ。かーっ、これだから金持ちの娘ってのは。まったく、どんな美味い料理食うってんだか』
「でも、いいんじゃない? 家族で過ごすクリスマスってさ」
『あ、ごめん、はとちゃん……』
「え、あ、ううん。そういう意味で言ったんじゃないの。お母さんが死んじゃったのはもうしょうがないことだし。それより、陽子ちゃんこそ何も予定無かったの?」
『あー、うちは特にねー。小さいころはクリスマスパーティとか開いてたし、プレゼントももらってたけど、さすがにこの歳になるとねー。ね、はとちゃんはいくつぐらいまでサンタさん、信じてた?』
「んー、いくつだったかなあ……あれ? え?」
 桂の視線の方向、そこにサクヤが歩いていた。
『どしたの? はとちゃん』
「ごめん、急な用事できた! またね!」
『ちょっ』
 ピッ、という音がして電話が切れたのを確認すると、桂はもう一度、さっきの方向を見回した。
「確かに、サクヤさんだと思ったんだけど……」
 だが、サクヤの姿は、人ごみに紛れたのか、それとも始めから人違いだったのか、ついに見つかることは無かった。

 サクヤは、商店街のアーケードを、ぶらぶらと歩いていた。アーケードは、クリスマスのケーキやプレゼントを買い求める人たちで、かなりごった返している。
「なんというか、まあ、乗せられやすいというか……。もっとも、あたしも人のことは言えないか」
 サクヤが向かったのは、アーケードの端の方にある、小さな洋菓子屋。以前、桂が「ここのケーキが美味しい」と言っていたのを思い出したのだ。メインストリートからはちょっと奥まった所にあるため、知る人ぞ知る、といった店だった。
「あったあった。ここだね」
 自動ドアをくぐると、いらっしゃいませー、という若い店員の声が聞こえた。店の中にいるのは、店員とカップルが一組に家族連れが二組。もっとも、小さな店舗の中はそれでもいっぱいだった。
「すいません、このショートケーキ、二つ」
「はい、ありがとうございます」
 二人分のケーキを買って、店を出る。温かかった店内から出ると、また寒さが身にしみる。
「ううっ、早く帰ろう。とはいうものの、またあの人ごみを抜けていくのか。やれやれ」
 軽くため息をつくと、サクヤはまた自分たちの家の方へと向けて歩きだした。

「プレゼントかあ。何がいいかな。サクヤさんが喜んでくれそうなものって……」
 桂はキョロキョロと辺りを見回しながら、アーケードを歩いていた。
「アクセサリー類がいいかなあ。でも、どんなのがサクヤさんに似合うかなあ」
 自分の趣味で選ぶと、サクヤさんにはどうも子供っぽくなってしまう。
 何かいいものはないかと考えながら歩いていると、目の前にカップルが歩いているのが見えた。おそろいのデザインのマフラーをしている。見るからに温かそうだった。
「あ、あーいうのいいかも……。わたしと、サクヤさんでおそろいの……」
 そうと決まればあとは、デザインを選ぶだけ。桂は、近くにあった洋品店に入った。
 店の中には、さまざまな冬物の衣装が並んでいた。もちろん、マフラーもある。
「いらっしゃいませ、マフラーをお探しですか?」
 店員が声をかけてくる。
「ええ、わたしと……姉のを、プレゼント用に」
 とっさに口に出てしまう嘘。彼氏、では絶対にないし、だからといって母親がわり、というのも違う気がするし。なんて言ったらいいか分からず、つい「姉」と言ってしまった。
(サクヤさんって……わたしの、なんなんだろう……)
「でしたら、こちらなどいかがですか? 今年の流行ですし、少し大人目なデザインですから、お姉さんにもお似合いになると思いますよ」
「じゃ、じゃあそれ、二つお願いします」
「はい、かしこまりました」
 プレゼント用に包装してもらったマフラーを手に、桂は店を出た。
(そうだ、あとクリスマスといえばやっぱり……)

「ただいま、っと」
 ガチャガチャとアパートのドア鍵を開ける。桂はまだ帰っていないようだった。
「やれやれ、どこに行ってるのかねぇ」
 サクヤは買ってきたケーキを冷蔵庫に入れると、コタツにもぐり込んで、テレビのスイッチを入れた。テレビでは夕方のニュース番組が流れている。
 サクヤはしばらくそれを眺めていたが、やがて飽きたのか、スイッチを切り、床にごろりと寝転がった。
「桂……どこに行ったんだい」
 一人きりの時間が流れる。
(桂は、母親が──真弓が亡くなってから、こんな気持ちだったのかな)
 小さなアパートの部屋なのに、それが随分と広く感じられた。
 それからどれくらいの時間がたったのだろう。入り口のドアがガチャガチャと音を立てるのが聞こえた。
(帰って来たのか?)
 サクヤはガバッと身を起こす。
「ただいま〜」
 間違いない。桂の声だ。サクヤは立ち上がって、玄関と部屋を繋ぐ扉を開けた。
「お帰り、桂」
「あ、あれ? サクヤさん?」
「はーい、サクヤさんですよー」
「お仕事、終わったの?」
「おぅ、根性で終わらせてきたさぁ。おかげで、ちょーっとばかり強行軍を強いちゃったけどね」
「も、もう。帰って来るなら連絡入れてくれたっていいじゃない!」
 桂が頬を膨らませて怒る。
「あはは、悪い悪い。ちょっと驚かせようと思ってね」
「もう、びっくりしたよ……。でも、嬉しいな。サクヤさん、わたしのために、今日帰ってこれるように、お仕事、頑張ったんだよね」
「う、うん、まあ……」
 核心を思いっきり突かれて、つい口ごもるサクヤ。
「良かった……」
 桂はゆっくりとサクヤに抱きついた。桂の髪の匂いがサクヤの鼻をくすぐる。
「け、桂……」
「これで、ケーキ、無駄にならずに済んだよー」
「は? ケーキ?」
 サクヤは、何事かといった表情で、桂に問いかけた。
「うん、クリスマスといったら、やっぱりケーキでしょ。サクヤさん、もうそろそろ帰ってくるかと思って、ケーキ、買ってきたの」
 はい、と言いながら桂はケーキの入った箱を差し出した。
「桂……ごめん……」
「ど、どうしたの? サクヤさん」
「あたしも、ケーキ買ったんだ」
 そう言って開いた冷蔵庫の中には、桂の持ってるのと同じケーキの箱が。
「あ……」
「ちなみに、そのケーキは?」
「ショートケーキ」
「よりによって同じのかよ……」
 サクヤはガックリとうなだれた。
「ま、まあ、サクヤさん、ほら、今日と明日もケーキ食べれると思えば!」
「二日連続でケーキは、胸焼けしそうだよ……」
 桂は苦笑しながら、自分の買ってきたケーキを、冷蔵庫にしまった。
「えー、わたしは平気だけどなあ。そりゃ、どっちかといえばぜんざいとかおまんじゅうの方が好きだけど」
「まー、仕方ないね。連絡しなかったあたしが悪い」
 サクヤは足に力を入れて立ち上がると、夕食の準備のために台所に向かおうとした。
「あ、待って、サクヤさん。もう一つあるの」
「もう一つ?」
「はい、クリスマスプレゼント」
 そう言って、桂はラッピングされた袋を差し出した。
「なんだい? これ」
「へへへ。開けてみてよ」
「どれどれ……って、ここは寒いよ。いったん部屋の方に行こう」
「うん。そうだね」
 部屋に入って、二人でコタツにもぐると、サクヤはさっそく袋を開けた。
「へえ、マフラーかい。こいつは温かそうだ」
「でしょ? でね、じゃじゃ〜ん」
 桂は、自分の持っていたもう一つの袋から、マフラーを取り出した。
「ん? それは……」
「へへへ、おそろいなの。わたしとサクヤさんの」
「桂……」
 思わず桂をぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるサクヤ。だが、次の瞬間、桂の表情が少し暗くなるのが見えた。
「ねえ、サクヤさん、わたしとサクヤさんの関係って、なんて言ったらいいのかな?」
「関係?」
「うん。母子では無いし、姉妹でも無いし、こ、恋人ってのもなんか違う気がするし……」
「なんだい。桂はあたしのことが嫌いになったのかい?」
「そ、そんな訳ないじゃない。……好き、だよ」
「なら、それでいいじゃないか」
「え?」
「わざわざ何かの型にはめようとしなくてもいいんだよ。あたしは桂のことが好き。桂もあたしの事が好き。それだけで──あたしは、もう十分すぎるほど満足なんだ」
「サクヤさん……」
「そうだ、あたしもプレゼントがあったんだ」
 サクヤは立ち上がって、戸棚の中から何かを取り出した。
「はい、沖縄土産。クリスマスプレゼントになっちゃったけどね」
 サクヤが差し出したのは、ペンダントだった。
「うわあ、綺麗……」
「珊瑚なんだ、それ」
 言いながら、サクヤはペンダントを桂の首にかけた。
「うん、似合ってる、似合ってる」
 桂の胸元で、薄紅色の珊瑚が輝いていた。
「ありがとう、サクヤさん。大切にするね」
「あたしもこのマフラー、ありがたく使わせてもらうよ。こっちに帰って来たら、寒くて仕方なかったんだ」
 そう言ってサクヤはにこりと微笑んだ。つられて、桂も微笑み返す。
「メリークリスマス、桂」
「メリークリスマス、サクヤさん」
 温かな空気が、二人を包んでいた。

「それにしても、ケーキ二人分はやっぱり重いねえ……」
「あははは…………」
 翌日、少し疲れたような桂とサクヤがそこにいた。

- fin -

あとがき


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