マリア様がみてる SS
Cross her minds

「んーっ、綺麗な町並みだねぇ」
 助手席から外を見ながら、聖は言った。
「その台詞、何度目?」
 運転席でその台詞に反応したのは大学のクラスメートである加東景。
「いいじゃない。いいもんはいいもんだよ」
 大学4年の夏休み。聖は景とともに北海道にいた。景の実家が北海道なのだが、帰省する景に聖がくっついて来たのである。
「まったく……。観光地連れまわされる地元の人間の身にもなってよね」
 いつもの事ながら、聖の勝手な行動にはため息が出る。それに付き合ってしまう自分も自分だが。この調子で、結局4年間ものつきあいだ。腐れ縁と思うしかないだろう。
「佐藤さんって、地元、東京だっけ?」
「うん。本州出たのって、高校のときの修学旅行だけ」
「結構意外ね……。一人でほいほい旅行とかしそうな感じだけど」
「そう見えるんだ?」
 赤信号で一度車を止める。
「なんとなく。行動力あるし」
「ん〜。でも、誰かと一緒の方が楽しいでしょ?」
 そう言って、ここにはいない、高校時代の後輩の顔を思い浮かべる。こんな景色を見せたら、きっとまた顔を輝かせるに違いない。
「今、祐巳ちゃんのこと、考えてたでしょ」
「え? なんで分かったの?」
「変に面白そうな顔してたから。4年も付き合ってればだいたい分かるわよ」
 どうやら、彼女の百面相は自分にも移ってしまったらしい。
 信号が変わり、車は再び動き出した。景の実家は街からやや離れたところにあったが、聖が観光地巡りをしたいと言い出して、車を出す羽目になったのである。
 街中をしばらく走りつづけていると、一軒の建物が目に入ってきた。教会だ。それもかなり大きい。
「あれ。あんなところに教会があるよ」
「ああ。結構有名な教会よ、確か。観光で来る人も多いみたいだし。寄ってみる?」
「そうだね。ちょっと休憩がてら、見てみようか」
 教会は六角形の屋根の塔が美しい、荘厳な建物だった。近くの道路に車を停め、外に出る。言ったとおり、観光客と思われる人たちがそこかしこにいた。
「もともとこのあたりは歴史的に西欧化が進んでたそうで、キリスト教もそれで入ってきたんだって。私はよく分からないけど、確かに立派な建物よね」
「うん」
 しばらく見て回っていたとき、聖が気まずそうに言った。
「ねぇ、トイレどこか知ってる?」
「知るわけないでしょ……。あ、あそこにシスターがいるわ。聞いてみましょう。すみませ〜ん」
 景の呼びかけで寄ってきたのは、まだ若いシスターだった。
「すいません、トイレってどこにあるかご存知ですか?」
「ああ、それならあちらの建物に……」
「……栞?」
「えっ?」
 景とシスターが、同時に聖の方を向いた。
「……せ、聖? うそ、なんで……」
「栞……」
 聖がそのシスターに一歩近づいたその瞬間。
「そ、それでは、私は仕事がありますので! 失礼します」
 そう言って、シスターは走り去って行った。身に付けた服をばたばたとはためかせながら。
「あ、待って……」
 追いかけようとする聖の肩を、景がつかんでいた。
「トイレなら逆の方よ、佐藤さん」
「うん…………」
 もう、先ほどのシスターの姿は見えなくなっていた。

 それからいくつかの場所を回ったが、聖はどこか上の空という感じだった。景の家に帰ってからも、それは変わらなかった。
「佐藤さん、ちょっといい?」
 夕食を終えた後、聖のいる客間に景はやってきた。
「お風呂空いたけど、入るでしょ?」
「ああ、うん。ありがとう」
 気の抜けた返事をする聖に、景はほんの少しため息をついた。
「……なにか、訊きたそうだね」
「そりゃあね。あんな様子見せられたら気になるわよ」
「でも、何も訊かないんだ」
「佐藤さんが訊いて欲しいなら訊くわよ。だいたい、人の過去を根堀り葉堀り追及する趣味は無いの」
「相変わらず冷めてるねぇ」
 軽く笑いながら、鞄の中から着替えを取り出す。
「じゃ、お風呂、借りるね」
「ごゆっくり。考えすぎて中でのぼせたりしないでね」
 過去は追及しなくても、今のおせっかいは焼くんだから。ここにはいない親友の姿を思い出してしまい、少し、可笑しかった。

 コンコン。
 そろそろ寝ようとしたとき、景は自室のドアがノックされるのに気づいた。
「なに?」
「私。ちょっといい?」
 ドアを開けると、そこにいたのは聖だった。
「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なに? 一緒に寝て、とか言うならお断りよ」
「それも魅力的だけど……明日さ、車、貸してくれない?」
「……また行くの?」
「うん……。ここで逢ったのは、多分何か意味があることだと思うから。決着はきちんとつけたいんだ。自分の手で」
「私が送って行ってもいいんだけど?」
「ごめん。一人で行きたいんだ。……万が一、取り乱しちゃったりしたら、そういうの、見られたくないしね」
「………………ま、いいわ。行く時になったら声かけて。鍵渡すから」
「ありがとっ。恩に着るよ」
「じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみー」
 聖が客間に戻って行くのを見て、景はドアを閉めた。
「信用されてないわね……。ま、しょうがないか」
 4年という時間が短かったとは思わない。ただ、聖に対していつも一歩引いて接していたのは私だから。
 でも、その距離が心地よかったのも確かだった。その心地よさに甘えて。一歩を踏み出すことをしなかった。
「あの人……栞とか言ってたわよね。あの人は、踏み込んだのよね、多分」
 聖の心に。
 そして、理由は知らないが、離れた後も聖の心の中にいた。
 私は卒業した後も、彼女の心の中にいることができるのだろうか。
 なぜか、急に卒業が不安になってきた。

 翌朝、聖は昨日の教会に向かった。
 栞はいるだろうか。いなかったら、それも運命なのだろう。不思議と聖の心は落ち着いていた。
 車を昨日と同じ通りに停めて、教会の庭を歩く。そして、聖堂の入り口に着いたとき、その人はそこにいた。
「栞………………」
「聖………………ひさしぶり」
 聖堂の前で朝日を浴びている栞の姿は美しかった。まるで初めて出会った時のように。
「昨日会ったじゃない」
「昨日は……ごめんなさい。びっくりしちゃって」
「びっくりしたのは私も同じだよ」
 聖堂の入り口の前で、二人は笑いあう。
「髪、切ったのね」
「ん、ああ。どう? 似合ってる?」
「ええ。かっこいいわよ」
「ありがと」
 聖堂の入り口の階段に聖は腰をおろす。栞もその隣に腰掛けた。
「よかった」
「え?」
「栞が、ちゃんとシスターになっててさ。夢だったんでしょ?」
「ええ……。いろいろあったけど、こうして、今は神にお仕えしているわ。聖は?」
「私は大学生。といっても、来年で卒業だけどね」
 その言葉を聞いて、栞はすこし驚いた顔をした。
「……なによ、私が大学生しちゃ悪い?」
「ううん。確かにちょっと意外だったけど……。嬉しいの。聖が、自分の道を歩いてるって分かったから」
「栞……」
「私は、神に仕えるという道があった。あれから、いろいろな人に出会って、ここまで来て、その道を選んだことは正しいと思ってる。文字通り、神に感謝しているわ。ただ、聖、あなたがあなたの道を歩くことができるのか、それがずっと不安だった……」
 そう言って、栞は顔を伏せた。
 しばらく聖は黙っていたが、不意にぽん、と栞の頭に片手を乗せた。
「聖?」
「私もね。あれから、いろいろな人に出会ったんだ。道を示してくれた人。ずっと励ましてくれた人。道を進む勇気をくれた人。そして──そばにいて、支えになってくれた人」
 栞は、顔を上げ、聖の横顔を見た。この人は、もう過去だけを見ていない。ちゃんと、前を見ている。もう、刺のある茨に縛られてはいないのだ──。
「栞!?」
 気が付けば、栞は涙を流していた。
「ちがう、違うの。聖。私、嬉しいの。聖が、ちゃんと生きてて。今、ここで聖と逢えて。今、ここで聖と普通に話せて」
 その言葉で聖は気づいた。たしかに、栞と逢ったのに、あの頃感じた感情は湧き出てこない。相手を縛り付けたいと思う、暗い感情は。あるのは、懐かしさと、変わらない愛しさだけ。
「私も……嬉しいよ」
 そう言うと、聖は栞の身体を抱きしめた。栞も抱き返す。そして、ごく自然に、二人は身体を離した。
「シスターの前でこんな事言っちゃいけないと思うけど……。私は、神様なんて全然信じてないんだ。でも、今日、こうして会えたことは、ほんと、神様に感謝したい」
「うん」
 そして、二人は立ち上がり、車を停めてある通りに向かい、歩き出した。
「そういえば、なぜ聖はこんなところまで来たの?」
「あ、うん。ちょうど夏休みでさ。加東さん──ほら、昨日一緒にいた人。覚えてる?──が実家の北海道に帰省するってんで、便乗させてもらったわけ」
「そっか。夏休みか。……あの人は恋人?」
 聖は大慌てで首を横に振った。
「違う違う! ただの友達だって。……そんな風に見えた?」
「全然」
「栞……冗談きついよ……」
「ふふふ。でも、うらやましいな」
「なんで?」
「私は、聖とは、友達になれなかったから」
「……………………」
 そのまま、二人は黙ったまま歩き、聖の乗ってきた車の前まで来た。
「じゃぁ、行くね」
「ええ。今日は……本当に嬉しかった」
「手紙、書くから」
「え?」
「しばらくしたら、栞宛に手紙、送るよ。今までの事とか、今の事とか書いて」
「ええ……。私も送るわ。必ず」
「うん。そしてさ、ゆっくり友達、やっていこうよ」
「え?」
「文通友達、ってのもいいと思わない?」
「聖……ええ! それは素敵だわ!」
 今からでも遅くはないから。
 友達になろう。ゆっくりと。

 車庫の方から車の音が聞こえる。どうやら、佐藤さんが帰ってきたらしい。
 玄関を開け、車庫の方を見ると、ちょうど佐藤さんが車を入れ、エンジンを切ったところだった。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「なに、待っててくれたの?」
「そんなわけないでしょ。車を入れる音が聞こえたから来ただけ」
 車から降り、二人は加東家に入っていった。誰もいなかったので、居間に腰を下ろすと、ちょうど、景が冷蔵庫から麦茶を持ってきたところだった。
「はい」
「ありがと」
  出された麦茶はよく冷えていて美味しかった。
「やっぱ、夏は麦茶に限るよねぇ。水が違うせいかな。ほんとに美味しい」
「そりゃあね。私も最初東京に出てきたときは、水、飲めなかったもの」
 しばらく、二人は黙って麦茶を飲んでいた。
「今日は、ありがとね」
 麦茶を飲み終えて、聖が口を開いた。
「え? 別にいいわよ。車ぐらい」
「ううん。そうじゃなくて。何も訊いてこないでしょ? 加東さん」
「……訊いてほしいなら訊くけど?」
 昨日も同じ受け答えをした気がする。
「ううん。いいんだ。できれば、そうやって、訊かないで、でもいつでも話せる所にいてくれると嬉しい」
 そう言って、聖は景の顔を見つめた。
 あぁ、そうか。私は踏み込まなくてもいいんだ。それは私の役割じゃない。踏み込まなくても、この人はちゃんと私のことを見ている──。
「……ばかな事言ってないで。それより、今日はどうするの?」
「ん〜。ラーメン食べたいなぁ。美味しいラーメン屋、無い?」
「ラーメンって……」
「いいじゃん、せっかく北海道まで来たんだから本場のラーメン食べたい」
「ラーメンは札幌とかでしょ。まぁ、こっちにも美味しい店ならあると思うけど」
 こうやって振り回されるのもあと少しなら、いいかもしれない。そんな事を考えながら、景はガイドブックを探しに自分の部屋へと向かった。

- fin -

あとがき


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