アカイイト SS
じぇねれーしょんぎゃっぷ?

『でね、はとちゃん。聞いてる?』
「うん、聞いてるよ〜」
 夏休み。わたしはお父さんの実家のある、ここ、経観塚のさかき旅館に泊まっていた。時間はもうそろそろ日付が変わろうかという頃。早寝早起きがモットーの陽子ちゃんにしては珍しい……って、わたしが電話したんだけど。
『もう、はとちゃんってばちっとも連絡よこさないんだもん。せっかく世の中には携帯電話っていう文明の利器があるのに』
「だけどね。ここ本当に電波弱いんだよ。あ、また……」
 突然向こうの音が聞こえなくなる。わたしは携帯を耳元から離して、画面を覗き込む。アンテナは、思った通り一本も立っていなかった。
 もう一度つながることを期待して、携帯を耳に近づける。
 ちりん。
 聞こえてきたのは、陽子ちゃんの声ではなく。涼やかな鈴の音。
 ちりん。
 鈴の音、もうひとつ。
 わたしはこの音の持ち主を知っている。鈴を鳴らすのは双子の姉妹。鬼の姉妹。わたしの血を、この体に流れる贄の血を狙っている──。
「うふふふふ」
「うふふふふ」
 鈴を転がしたかのような笑い声が静まり返った部屋に響いた。
 私の体は凍てついたように動かない。それでも気力を振り絞って、声のした方を見ると。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「…………」
「あら、人が丁寧に挨拶しているというのに。そちらからは返事も無し?」
「無礼ね」
 人とのコミュニケーションはまず挨拶から。それはわかってる。でも、この状況で──自分の血を狙う鬼を目の前にして──気持ちよく挨拶できる人間なんて、いるはずが無い。
「そんな無礼な人間には」
「おしおきが必要ね」
 ノゾミちゃんとミカゲちゃんが、足を、同時に一歩踏み出す。ちりんと部屋の中に響く鈴の音が、まるで彼女たちの嘲笑のように聞こえた。
「ひっ」
 彼女たちと反対の方向に逃げようと、精一杯体を動かす。だが、その結果は、手に持っていた携帯を足元に落としただけだった。手から離れた携帯は、小さな音を立てて畳にぶつかり、その勢いのままノゾミちゃんの足元まで転がった。
「あら?」
 たまたま目についたそれを、ノゾミちゃんは手に取った。そして、開いたままの液晶画面をじっと覗き込んでいる。
 ……上下逆さまに持ったまま。
「あ、あのね。……上下、逆だよ」
「うるさいわねっ! わかってるわよ、そんなこと!」
 怒られた。
 ノゾミちゃんはあらためて携帯を持ち直し──やっぱり、液晶画面を睨んでいた。携帯を握りしめていた指がたまたまボタンに触れたのか、ピッという音がする。
「きゃあっ! 何これっ! なんか鳴ったわよ!」
「いやまあ、そういう仕様だし……」
 本当は鳴らさないようにもできるらしいんだけど、やり方がよく分からないので買ったままになっている。陽子ちゃんとかからは、「迷惑だから消しなさい」って言われてるんだけど、そんなに迷惑なら最初っからそんな機能付けなければいいのに、と思う。
「姉さま、そろそろ贄の血を」
「ちょっと待ちなさい! ふふふ。もう10年前の私とは違うんだから。この時代にだってすぐに……」
「10年前?」
 10年前、ノゾミちゃんにいったい何があったんだろう。
「10年前……わたしと姉様は、とある者たちによって、封印を解かれました」
 携帯に夢中になって、私のことなんか目に入っていないノゾミちゃんに代わって、ミカゲちゃんが話し始めた。姉のフォローにすかさず入る。いい妹だと思う。
「おそらく何百年かぶりに出た外の世界に、姉さまはすっかりお喜びになり、少し外を見てくると言って出て行ったのです。ところが……」
「うんうん」
「あの、外を走る、じどうしゃ、とか言う物ですか。あれを見て、『うわぁ、鉄のイノシシだぁ!』と、泣き叫びながら、戻ってきたのです」
 うわ、なんてベタベタな。
「こら、ミカゲ! ペラペラとしゃべるんじゃないっ!!」
「ご、ごめんなさい……」
 前言すこし撤回。恥ずかしいことまで暴露する妹はいい妹といえるかどうか──。
 と、その時。
 プルルルル、という発信音が、携帯から聞こえてきた。どうやら、ノゾミちゃんが適当にいじってるうちに、誰かにかけてしまったらしい。うーん、これって思いっきり迷惑電話だよね。深夜だし。陽子ちゃんなら『お、新しいネタ?』とか思ってくれるかもしれないけど……って、思われても困るんだけど。
 4回ほど発信音がして、電話は誰かにつながった。
『もしもし。桂さん? どうしたんだい、こんな夜中に』
 ノゾミちゃんはいつのまにか、ハンズフリーモードにもセットしていたらしい。携帯の向こうにいる人の声は、ノゾミちゃんから少し離れた場所にいる私にもしっかりと聞こえた。この声は──。
「うわぁっ! 鬼切り役!?」
『桂さん? 何かあったのかい?』
「な、なんであんたがこんな所にいるのよ!?」
『この声は……。そうか。桂さん! いたら返事をして! 今、どこに!?』
 そうだ。この電話の向こうには、烏月さんがいる。そりゃ、向こうも携帯だから、どこにいるかは判らないけど。でも、もしすぐ近くなら──。
「りょ、旅館の私の部屋!」
 私は声の限りを尽くして叫んだ。
『判った! すぐに行く!』
 そう言うと、電話は切れた。プーッ、プーッ、という音だけが静まり返った部屋の中に響く。
「そ、そうか。わかったわよ。あんたはこの中に封じ込められたのね。間抜けな鬼切り役だこと。アーッハハハハ!」
 なんだかノゾミちゃんは妙な解釈をしているらしい。それは私にとって好都合なこと。烏月さんが来てくれるまで、時間を稼げれば──。
「桂さん! ここを開けて!」
 速っ!
 部屋の扉を叩く音と、烏月さんの声が聞こえる。ああ、でも、わたしは動けない。わたしのすぐ側にはミカゲちゃんがいるから。やっぱりよくできた妹かもしれない。
 そんなことを考えていたら。
 ガチャ、と鍵が回される音が聞こえた。
 どうして、と思って思わず顔を扉に向ける。そこにいたのは。
「ユメイさん!」
 周りに青白く光る蝶を従え、ユメイさんが立っていた。
「桂ちゃん、大丈夫?」
 その隣には。
「大丈夫か! 桂さん!」
 維斗の太刀を手にした烏月さんが。
「お、鬼切り役!? どうしてここに?」
 ノゾミちゃんは手に持った携帯と、烏月さんの姿を見比べながら困惑していた。だからそれは封じの道具とかじゃないんです。
「姉さま、二対二では、分が……」
 いつのまにか、ミカゲちゃんはわたしの側を離れ、ノゾミちゃんのすぐ近くに寄っていた。
「そうね……。贄の血は惜しいけれど、この状況ではね」
 その状況を作ったのはノゾミちゃん自身なんだけど、自覚あるのかな?
「今日のところはひとまず退くわ。でも、諦めないんだから」
「では、ごきげんよう──」
 ちりん。鈴の音がした次の瞬間、ノゾミちゃんとミカゲちゃんの姿は部屋の中から消えていた。
「ふぅ……」
 わたしは思わず息をついた。
「大丈夫かい、桂さん。何もされなかった?」
「うん。わたしは大丈夫。ありがとう、烏月さん。助けに来てくれて」
「桂さんが携帯で呼んでくれたからだよ。よく思いついたね」
「あ、あれはノゾミちゃんが勝手に……」
 そうだ。携帯。その辺に落ちてるはずだけど──。
「……ユメイさん、なにやってるの?」
 ユメイさんは、開いたままの携帯を手に取って、じっと覗き込んでいた。
 ……上下逆さまに持ったまま。
「ユメイさん、上下、逆だよ」
「そ、そうなの? ……ねえ、桂ちゃん、これ、何?」
「え? 携帯だけど」
「けいたい?」
「うん。携帯電話」
「え、携帯電話って……。桂ちゃん、実はお金持ち?」
「ううん。なんで?」
「だって、携帯電話なんて高くて、大人でも一部の人しか持ってなかったし……」
 そこまで言いかけて、ユメイさんは突然表情をこわばらせた。
「ね、ねえ、桂ちゃん。ポケベルは持ってるわよね?」
「え? ポケベル? そんなの持ってないよー」
「というか、今どきいないでしょう、ポケベルなんて使ってる人は」
「だよねー」
 実は既にサービスすら終わっているらしいんだけど、そこまではわたし達も詳しくない。昔、流行ったということだけは知ってるんだけど。
「そんな……じゃあ、今の女子高生は離れた友達に連絡するとき何を使ってるの?」
「んー。大抵は携帯でメールかなぁ。わたしはメール打つの苦手だから、話す方が多いんだけどね」
 それにしても。
「ねえ、ユメイさんって、いったいいくつなの?」
 見た目はわたしと同じくらいだけど、ポケベルとか言い出すのって、もしかして……。
「そ、それは、その……。ほら、女性に年齢を聞くのは失礼よ。じゃ、じゃあ今日はもう帰るわね」
 そう言って、ユメイさんは逃げるように帰って行った。
「ユメイさん、怒っちゃったのかなぁ」
「できれば、もう二度と出てこないでくれると嬉しいんだけどね。鬼切り役としては」

 その次の夜。
「ふふふふ。どう、見て、桂」
「ごきげんよう」
 またやって来た、ノゾミちゃんとミカゲちゃん。だけど、ノゾミちゃんの様子が昨日とは少し違っていた。なにやらえらく上機嫌だ。
「見て、って、どうしたの、これ?」
 ノゾミちゃんが手にしているのは携帯電話。しかも、つい最近出たばかりの最新機種だ。
「最近は夜になっても店が開いてるのね。便利になったものだわ」
「だから、どうやって買ったの? お金もいるし、身分証明だって必要なはずだよ?」
「そりゃあ、もちろん、邪眼で店の者を操ってよ」
「うわ、犯罪だよ、それ」
「人の法で鬼が裁けるわけないでしょう。それより、おかげで疲れちゃった。早速だけど血を頂戴」
 あ、覚えてたのか。せっかくいい具合に話が逸れていたのに。
「待ちなさい!」
 と、そこに現れたのはユメイさん。
「桂ちゃんには、指一本触れさせないわ」
 そう言って、ユメイさんは月光蝶をノゾミちゃんたちに向けて飛ばし始めた。
「ところでね、桂ちゃん」
 そういうと、ユメイさんはくるりと体の向きを変えた。えっと、よそ見してていいんですか?
「見て見て、私も買ってきたの。携帯電話。これで、桂ちゃんといつでもお話しできるのね」
 うっとりとした顔で言うユメイさん。だけど……。
「ど、どうやって買ったの? お金もいるし、身分証明だって必要なはずだよ?」
 なにか、さっきも同じやりとりをした気がする。
「それは、適当にそれっぽいものを《力》で作ったのよ」
「うわ、犯罪だよ、それ」
「大丈夫よ。私はすでに人ではないのだから」
「……烏月さん、お願いできる?」
 わたしの呼びかけに、部屋の隅から姿を現したのは、御神刀を構えた烏月さん。
「もちろん。人に仇なす鬼を切るのがわたしの使命ですから」
 烏月さんの瞳が蒼く光る。その光に当てられたのか、ユメイさんとノゾミちゃんの動きが止まった。
「な、何よ。やる気なの?」
「ね、桂ちゃん。私は違うわよね?」
「……烏月さん、できれば、切るんじゃなくて、おしおき程度で済ませられないかな?」
「やったことはありませんが……峰打ちにしてみようか」

 結局、わたしは次の朝、宿を発つことにした。……ごめんなさい。追い出されました。
 だって、烏月さんってば、全然手加減しないんだもん! ノゾミちゃんたちやユメイさんも、本気で相手にしたものだから……部屋の中は、もう見るも無残な様子。賠償金の請求をされなかったのがむしろ幸運だろう。
 で、今はと言うと。
「もうっ。桂がさっさと血を飲ませてくれないからいけないのよっ」
「桂ちゃんには指一本触れさせません。桂ちゃんに触れていいのは私だけ……」
「鬼を桂さんの側に近づけるものか」
 沈む夕日をバックに、三すくみ状態が続いていたりする……。

 おかあさん、今年の夏は、ちょっと長そうです。

- fin -

あとがき


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