マリア様がみてる SS
Graduation kiss

「そうねー。んじゃ、お口にチューでもしてもらおうかな」
「えっ!?」

 卒業式の前日。ちょっと教室で一人でいたい、なんて思った私は、放課後、それを実行に移していた。誰もいない教室に私一人だけ。なぜそんな事をしたのかは自分でもうまく説明できないけど。強いて言うなら、最後の挨拶といったところか。
「らしくないな……」
 自分の考えに苦笑する。正直、クラスのみんなとはあまり仲が良かったわけではないし、教室にそれほど思い入れがあるわけでもない。それでも──明日でここを去るとなると、妙に感慨深くなる。
 祐巳ちゃんが教室に現れたのは、そんな時だった。

「私に何かできることはありませんか」
 祐巳ちゃんは私にそう言った。
 だめだよ、君がそんなふうに思い詰めた顔をしている時は、だいたい物事が良くない方向に転ぶんだから。でも、こうやって話してくれた、ってことは少しは成長したのかな?
「なんでもいいんです。志摩子さんのこととか、ランチ……いや、ゴロンタのこととか。何かあるでしょ、一つぐらい」
 志摩子とネコを一緒にしてほしくないんだけどなー。
 だから、私はあっさりと「ないよ」って答えたんだけど。
「でも、私白薔薇さまのために何かしたくて」
「餞別、ってやつ?」
 やれやれ、意外としつこい子だ。だったら……。ちょっとしたイタズラ心が沸いてきた。
「そうねー。んじゃ、お口にチューでもしてもらおうかな」
 そう言いながら、祐巳ちゃんの顔に自分の顔を近づける。祐巳ちゃんが一歩後ずさり、ガタッ、と後の机に当たった音がした。
「お、逃げるか。なんでもいい、っていったじゃない」
「あわわ」
 肩に手をかけ、軽く引き寄せる。もう片方の手は祐巳ちゃんの顎に添えて。
「ほら、おとなしく目を閉じて」
 ゆっくりと顔を近づける。あらあら。顔真っ赤にして、目まで潤ませちゃって。そんな顔されたら、本気で襲いたくなっちゃうじゃない。
 少しスピードを落として、それでもゆっくりと唇を近づける。ま、いいか。役得、ということで。祥子には悪いけど。ここで志摩子の顔が浮かんでこないのが少し不思議だ。
 そんな事考えながら私が目を閉じたその瞬間。
「カーット!」
 へ? カット?
 おもわず目を開ける。同時に、祐巳ちゃんの肩にかけていた手の力が抜ける。その隙に、祐巳ちゃんは私の手を抜け、反対方向に走り出した。
「さ、さよならっ」
 とてとてとてと祐巳ちゃんは走っていく。もっとも、途中、いたるところで机にぶつかったり、壁にぶつかったり。酔っぱらいか迷路に入れられたハムスターみたいだ。これだから祐巳ちゃんをおもちゃにするのは楽しくて仕方がない。うんうん。やっぱこういうリアクションがないとね。
「祐巳ちゃんのチューが心残りで、卒業できなーい」
 ようやく教室の入り口にたどり着いた祐巳ちゃんに、私は手を振った。最後にいいもの見せていただいて、私はとっても満足ですよ、うん。なにしろ、「カーット!」だもんね。「カーット!」。
 すぐに出て行くと思ったけど、祐巳ちゃんはなぜだか入り口近くで逡巡していた。窓から入ってきた夕日が祐巳ちゃんの顔を赤く染める。まだ本当に赤いんだろうけど。
「どーした? さっさと帰らないと、また襲っちゃうよ」
 どうせ襲うなら、次は祥子と一緒のときがいいなー。もっとも、もう「次」は無いんだろうけど。
 あれ?
 祐巳ちゃんは、何を思ったのか再び私の方に向かってとてとてと走ってきた。
「何考えてるの」
 何か落とし物でもしたのかな? そう思って、さっき祐巳ちゃんがいたあたりに視線を落としたその時。
 腕を、つかまれた。
「えっ……!?」
 そして。左のほっぺた──それも、唇のすぐ側に触れる、あたたかいもの。
 何が起きたか……一瞬、分からなかった。顔を上げると、祐巳ちゃんはすでに後を向いていて、私から離れようとしている。
 私は、手を伸ばして、去ろうとする祐巳ちゃんを、後から抱きしめた。
 って、何やってるの、私。まずい。非常にまずい。
「祐巳ちゃん!」
「え、えっ、白薔薇さま」
 何か言わなきゃいけない。そう思ったから。
「改めて言う事もないと思ったから黙っていたけど、私、祐巳ちゃんと知り合えて良かったと思ってる」
「え」
 偶然とはいえ、こうして後から抱きしめたのは好都合だった。今の顔を見られないで済むから。
「私、同年代の普通の女の子とはあまりなじめなかったんだ。でも、祐巳ちゃんを見ていて、生まれて初めて普通の女の子をうらやましく思えたの」
「うらやましいって」
「高三の一年間でね、私はいい意味で変われた。好き嫌いはわからないけど、今の自分の方がだいぶ生きやすくなった。私を今の私にしたのはいろんな要素があるけど、でもね、祐巳ちゃんの存在は大きいよ。祐巳ちゃんが私にしてくれたのは、だからチューだけじゃないんだ」
 一気にまくし立てて、ようやく少し落ち着いてきた。私が抱きしめる腕をゆるめると同時に、祐巳ちゃんが私を見上げる。
「私が、何を」
 祐巳ちゃんは心当たりがない、といった顔で、私を見上げる。だから、わたしは祐巳ちゃんのおでこを軽く突つきながら「祐巳ちゃん見ていて、大学生やる気になった」と言った。
「えっえっ、あの、その、私どうしよう」
「どうもしなくていいって。誰に影響されたんだとしても、決めたのは自分なんだから。だからさ、祐巳ちゃん。自信持っていいよ。私みたいにこーんなに格好いいやつが憧れる存在だったんだからね」
 そして、私をこんなにドキドキさせてくれるんだから。やっぱり祐巳ちゃんは大物だと思う。私だったらこんな子を妹にしたら、絶対心臓が保たないと思う。由乃ちゃんじゃないけど、手術でもしないと。
「以上、礼」
 軽く頭を下げて、それからまだ呆然としている祐巳ちゃんの体をクルリと回転させた。そして、また顔が見えなくなったところで、もう一言だけ。
「愛してるよ、祐巳ちゃん。君とじゃれ合っているのは、本当に幸せだった。祐巳ちゃんになりたい、って私は何度か思ったよ」
 そして、扉に向けて軽く押し出す。ととととと、と勢いで歩いたあと、祐巳ちゃんは扉の前で止まった。おお、我ながら抜群のコントロール。
「愛してる、ってみんなに言ってるんでしょ」
 振り返りざま、祐巳ちゃんか尋ねてくる。
「うん」
 ま、嘘ではない。志摩子の事を愛してるのは本当だし、蓉子も江利子も、山百合会のみんなは、かけがえのない仲間だ。
「チューありがとね」
「いえいえ、単なる『お餞別』ですから」
「単なる、ね。フンフン」
 私が通う大学、祐巳ちゃんが知ったら怒るだろうなぁ。だから、私は、最後にもう一言だけ、声をかけた。
「ところで、祐巳ちゃん。私が通う大学、どこか知っている?」
「は?」
「いや、いい。祐巳ちゃんの事だから、大学名耳に入れないように逃げ回っていたんじゃないかなーなんて思ってね。大好きな白薔薇さまを大学に取られるみたいでさ」
「自惚れてますね」
 祐巳ちゃんは鼻で笑って、それから今度こそ、本当に扉を開けて、教室を出ていった。
「自惚れてる、か……クスッ」
 ってことは、本当に知らずに逃げ回っていたんだろうな。やれやれ、まったく幸せ者ですよ、私は。
「しかし……まいったなぁ」
 もう一度机の上に座って、天井を仰ぐ。そして、さっき祐巳ちゃんの唇が触れたあたりを、そっと手で撫でた。
 そこが熱いのは気のせいなんだろうけど。
「まいったな……ほんとに」
 祐巳ちゃんのリアクションが私の想像を越えるのはいつもの事だけど。今回はさすがに驚いた。祐巳ちゃんの行為その物じゃなくて。
 私に、まだあんな衝動が残っていることが。いつも、一歩引いていたはずなのに。
「本気に……なっちゃうじゃない」

- fin -

あとがき


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