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マリア様がみてる SS
黄薔薇まっしろけ

「なぜですか」
 黄薔薇さまこと、鳥居江利子は納得できないといった風で言った。
 ここはリリアン女学園の生徒指導室。こんなところでプロポーズした生徒は、歴史の長いリリアンでも江利子が初めてだろう。だが、その申し出に対する山辺氏の返事は、「No」だった。
「10歳という年齢差ですか? 亡くなった奥さまのことが、まだ忘れられませんか? 貯金が無いからですか? 稼いだお金を、すべて恐竜の化石掘りに使うせいですか? 海外に飛ぶには身軽な方がいいからですか? うるさそうな舅が4人もいるからですか?」
 うるさい舅、はないだろう……、と鳥居父&兄sはつぶやいたが、その意見はそこにいる全員から無視された。
「それも全部当てはまりますが、一番大きな理由は、僕があなたを愛せないからです」
 ドッヒャーン。
 これがコントだったら、その場の人間は全員左右に横っ飛びしているところだ。
 いや、一人だけリアクションの異なる生徒がいた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「なに? 志摩子」
「今、『愛せない』って言いましたよね。『愛してない』ではなくて。それって、どういうことですか?」
 ギクッ。山辺氏の顔が引きつるのを、江利子は見逃さなかった。
「愛せないって……そんなに私のことがお嫌いなんですか!?」
「ち、違うんです、江利子さん」
「じゃぁ、どうして!!」
「……………………」
「答えてください!!」
「……………………」
「山辺さん、ここで答えないと江利子はいつまでも付きまといますよ」
「そうそう。すっぽんの江利子、って言われてるんだから」
「勝手に人にあだ名をつけないで頂戴。それより山辺さん……」
「それは……」
 薔薇さま三人に詰め寄られて、とうとう山辺氏は口を開いた。
「それは?」
「それは…………僕が女の人を愛せないからです」
 ピキッ。
 空気が凍りついた。

「どどどど」
 ……最初に自力で解凍してきたのは紅薔薇さまだった。だが、さすがの紅薔薇さまも半生解凍状態なのか、口調が祐巳ちゃんちっくになっている。
「どういうことですか……それは……まさか……」
 続いて、白薔薇さまも解凍成功。
男の人しか、だめ、……とか?」
 違うといって欲しい。誰もがそう願っていた。
「そういうことです」
 ピシッッ!
 再び凍りつく空気。さっきのが0度ちょうどだとしたら、今回はマイナス40度ぐらい。バナナで釘だって打てちゃう。
「でででで、でも! さっき、結婚して、奥さんと死に別れたみたいなこと言ってたじゃないですか!?」
 今度は由乃ちゃん復活。心臓の手術は伊達じゃない!
「確かに、結婚してました。彼女は私を愛してくれたし、私も彼女なら愛せると思ったんですが……やっぱり、だめでした。そして、私は彼女を愛せないまま、彼女は事故で……」
 再び沈黙が場を支配する。
「江利子……」
 蓉子は心配そうな面持ちで江利子を見た。
「げっ」
 黄薔薇さまは、それはもう見事に、真っ白になって硬直していた。
「江利子っ、しっかりしなさい、江利子!」
「まぁ、好きになった相手がホモだったなんて知ったらなぁ……」
「そんなこと言ってないで、聖も江利子を戻すの手伝いなさい!」
「手伝えって……どうするのよ……」
「……とにかく、またふぬけ江利子を見るのは嫌なんですからね!」
「それは同感だね。まったく、それにしても、花寺ってのはこの熊男といい、ギンナン王子といい、なんでこう変態ぞろいなんだろうね。弟くん大丈夫? 祐巳ちゃん」
「は、はぁ……たぶん、まだ……」
「ギンナン王子?」
 耳慣れない単語が気になったのか、山辺氏が尋ねた。
「あぁ、あんたんところに、柏木ってやつがいるでしょ。生徒会長やってたやつ」
 そして、その名前を聞いた山辺氏は……一瞬だが、顔を赤らめた。はっきり言って気持ち悪い

 まずい。
 とてもまずい。
 祐巳ちん、ぴんちっ。
 いや、祐巳自身は大丈夫かもしれないが、それでも大ぴんちに違いは無い。
 祐巳の周りだけ、明らかに温度が寒いのだ。室温がマイナス40度なら、このあたりは絶対0度に近い。ゆえに、祐巳は動けないでいた。
 冷気の源は……。隣にいるお姉さま。小笠原祥子さま。
 きっと、周囲の熱を奪って、その胸の内は燃え狂っているに違いない。エネルギー保存の法則、ってやつだ。
 祥子が一歩、踏み出す。祐巳の体がビクっと震えた。
「山辺さん」
 沈黙の中、祥子が、口を開いた。皆が祥子の方を見る。
 一見すると普段の祥子、そのままだ。落ち着いた、上品で、かつ豪華な雰囲気を身にまとっている。だが、その中が猛烈な怒りに包まれていることを、山百合会の全員が一瞬で気づいた。
 なぜなら、祥子は昔、同じ事を体験しているから──。
 次の瞬間、山百合会一同は、祥子の妹、祐巳を見た。彼女ならなんとか……、という期待を込めて。だが、祐巳は落ち着き無くきょろきょろと周りを見回すだけだった。
 この時の事を、後に佐藤聖は、こう述懐する。
「あたしが多分、最初に祐巳ちゃんの方を見たみたいなのね。そしたら、『あぁっごめんなさいわたしじゃ止められないです白薔薇さまなんとかなりませんかえ無理じゃじゃぁ紅薔薇さまはえぇっ紅薔薇さまでも無理ってそんなぁじゃ黄薔薇のつぼみなら打つ手無し志摩子さんとか由乃さんは無理だよねぇやっぱり』って顔してて。百まではいかなかったけど、七十二面相ぐらいはしてたかな。でも、ああなった祥子って、止められないよねぇ」
 ……恐るべし、百面相の情報伝達力。 っていうか、何者ですか、白薔薇さま。
 それはさておき。
 祥子さまは一見すると普段と変わらない様子で、山辺氏に訊ねた。
「山辺さん……柏木さんと仲がいいんですか……」
「い、いや、その、まぁ、悪くはないと……おもうが……その……」
 だが、言葉よりもその表情が全てを雄弁に物語っていた。祐巳ちゃんもかくやというかんじの百面相ぶりである。
 核地雷踏んづけた!!
 誰もがそう思ったに違いない。だが、その核にも匹敵するであろう祥子の爆発を止めたのは──ほかならぬ、黄薔薇さまであった。
「待って、祥子」
「黄薔薇さま……」
 たとえホモであろうと、愛した男がひどい目に遭うのを黙って見ていることはできないのだろうか。
「私が殺るわ」
 全然違いました。黄薔薇さま、怒りゲージMAXです。
「令」
「は、はいっ」
「竹刀」
「はっ、ここにっ」
 そう言うと、令は恭しく黄薔薇さまに竹刀を差し出した。
「今……どこから、あれ、出したの? ねぇ、由乃さん?」
「祐巳さん、そういう無粋なツッコミは野暮ってもんよ」
 そんなんでいいんですか、黄薔薇シスターズ。
「この私を虚仮にした償い、今してもらうわよ」
 そう言って、江利子は手にした竹刀を青眼に構えた。一方、山辺氏は。
「いや、虚仮にしたって、僕は最初からあなたとお付き合いしたいとは一言も……」
 全くの正論である。が、そんなものが今の黄薔薇さまに通用するはずも無く。
「だからね、暴力はいけないよ。それに、あなたはまだ若い。これからきっと良い出会いが……」
 この辺の無神経さがどこぞのギンナン王子そっくりである。気持ちが通じ合っているせいか。
「問答無用ぉッッッッッ!!」
 黄薔薇さまは青眼に構えた竹刀で思い切り山辺氏めがけて斬り付けた! ブンッ、と風を切る音がする。
「うわっ!」
 間一髪、これを避ける山辺氏。とその直後に、ヒュンッ! という、さっきより高速に風を切る音が。
「黄薔薇さま。やはり、私にも殺らせてくださいませんか?」
 そこにいたのは、先が何本にも分かれたムチを手にした、紅薔薇のつぼみだった。
「あぁっ、お姉さまっ、素敵ですっ」
 目をハートマークにして祐巳が言った。令が竹刀を出したのは気になっても、祥子がムチを出したことは気にしないらしい。さすが重度の祥子さま病である。
「素敵です。素敵過ぎます。とてもよくお似合いです、お姉さま。できればこう、エナメルのボンテージなんかに身を包んでそのムチで私を叩いて欲しいですっ」
「祐巳さん……」
 顔に何本も縦線を入れつつも、「でも、似合いすぎね、確かに……」などと思ってしまう志摩子であった。
「蓉子……あれ、あんたのでしょ?」
 いつの間に復活したのか、紅薔薇さまにしか聞こえないぐらいの声で、白薔薇さまは言った。
「よくわかったわね」
 悪びれもせず答える紅薔薇さま。
「だって、何度もアレで打たれグェッ!」
 カエルが踏み潰されたような声を出した白薔薇さまの足を、紅薔薇さまの足が思い切り踏んでいた。
「みなまで言うな」
「は、はい……」
 痛みをこらえながら白薔薇さまは答えた。久しぶりに「おしおき」を受けたことにちょっと悦びを感じながら。
「さぁて、どうする? 祥子。このままぶちのめして東京湾に沈めるか、富士の樹海にでも放り出すか」
「いいえ、黄薔薇さま。もっといい場所がありますわ。とりあえず、逃げ出せないように半殺しにしておかないと」
「そうね。じゃ、殺りますか」
「ええ」
 なお、このとき、賢明にも、学園長をはじめとする教師陣、および鳥居家父兄ご一行は、すでに生徒指導室から退出していたため、この後生徒指導室で行われた事についての真相は永遠に闇の中に葬られる事となった。

「やあ、さっちゃん。久しぶり。珍しいね、さっちゃんがうちに来るなんて。それからこちらは確か……」
「鳥居江利子よ。お久しぶり」
「ああ。リリアンの学園祭以来だよね。どうしたの、今日は?」
「ちょっと……優さんに見せたいモノがあって」
「見せたいもの?」
 そう言って、祥子と江利子が指さした方向にいたのは……簀巻きにされた熊男こと山辺氏であった。
「あれ……どうしたんです、先生?」
 冷や汗を書きながら尋ねる柏木。まだ状況をよく理解していないが、只事ではない、ということぐらいは感じられるらしい。
「安心して。優さん。優さんはあの先生と仲がよろしいようですから」
「ご一緒に海に沈めてさしあげようと思ったのよ」
 振り向いた柏木氏の視線の先にいたのは。
 竹刀を振りかぶった江利子と、ムチをうならせている祥子の姿であった。

 これ以降、山辺氏と柏木氏の姿を見たものはいない。かけおちしたという噂も流れたが、それはそれで誰も迷惑がらなかったのでよしという事にされたのである。

- fin -

あとがき


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