マリア様がみてる SS
本年度漫画研究部部誌に関する調査報告

 学園祭も終わり、季節は秋から冬へと移ろうとしていた。山百合回の仕事も一段落した、ちょっとだけ穏やかな日々。教室の掃除を終えた祐巳は由乃と一緒に薔薇の館に向かった。二階の会議室の扉を開くと、中にいたのは志摩子さんただ一人だった。
「ごきげんよう、志摩子さん。何読んでるの?」
 志摩子さんはいつもの自分の指定席に座って、何かを読んでいた。てっきり参考書とか、あるいはカトリックに関する本かと思ったら。
「あれ? 志摩子さんてマンガ読むんだ」
 そう。志摩子さんが読んでいたのはマンガ。……いや、志摩子さんだってマンガぐらい読むのかもしれないけど……。
「なんか、似合わないわよね。志摩子さんとマンガって」
 あぁ、由乃さん。そんなはっきりと言わなくても。
「そうね。めったに読まないわね。ただ、これ、私のクラスで回覧されていたのよ。私にも回ってきたんだけど、授業中に読むわけにも行かないし、休み時間は他に用事があって、それでここに来たらまだ誰もいなかったから、それで」
 なんか慌てたように話す志摩子さんの姿はちょっと珍しいかも。
「いいんじゃない。別に何もしてないんだったら。それより、回覧って、どんな内容なの?」
「漫究の部誌ですって。学園祭で配っていたらしいんだけど……。あんまりマンガ読み慣れないせいかしら。よく分からないの」
 そう言って、志摩子さんは由乃さんにその部誌を渡した。部誌はB5サイズで、表紙は綺麗なカラーの印刷だった。
「漫究?」
 漫画研究会。通称、漫究。普通に考えれば「漫研」になりそうなところだけど、なぜかリリアンでは昔からこの略称らしい(祐麒に話したら、「何それ?」って言われたから、リリアン独自なんだと思う)。桜組伝説と並んでリリアン七不思議の一つ……かどうかは置いといて。
「よく分からないって、そんなに難しい内容なの?」
「そういうんじゃないんだけど……。なぜか、途中で絵柄がころころ変わるのよ。だからなんだか読みにくくて」
「どれどれ……」
 由乃さんが受け取ったマンガを見る。確かに、数ページごとに絵柄が変わっていた。そして話の内容も。
「これは、そうね、漫究の部誌だから、漫究の部員が複数で描いてるのよ。雑誌みたいなものね」
「あぁ、そういうことだったの。てっきり一人の人が描いてるのかと……」
 確かに、漫究も部員が一人というわけではないから、複数の部員で描いているのだろう。
 だが、それとは別に、祐巳にはもう一つ疑問があった。
「ねえ、この制服、リリアンにそっくりじゃない?」
 黒を基調としたワンピースに襟からそのまま繋がっているタイはリリアンそっくりだった。襟とタイのデザインが多少違っているが。知らない人が見たら間違えてしまうかもしれない。
「というか……この子、どう見ても祐巳さんじゃない?」
「えっ?」
 由乃さんが指したそのキャラクターは、確かに祐巳に良く似ていた。リボンでしばったツインテール、どこか愛嬌のある顔。
「ねえ、私にも見せて」
 志摩子さんまで乗り出してくる。志摩子さんはじっとマンガの中のキャラクターを見たあと、今度は祐巳の顔をじっと見つめた。
「あ、あの〜〜」
「ほんとだ。何となく親しみやすい感じだったのは、祐巳さんに似てるからなのね」
 そして、志摩子さんはまた祐巳の顔をじっと見つめた。いや、そんなに見つめられても困るんですけど……。
「ほ、他には似てるキャラとかいないのかな?」
 祐巳は何となく慌てて、ページをめくった。すると。
「きゃぁっ」
「ど、どうしたの、祐巳さん?」
「な、なんでもない、なんでもない」
とか言いながら、本を後ろ手で背中に隠そうとする祐巳。あからさまに怪しい。
「ほらほら、何が描いてあったのよ。おねーさんに見せてご覧なさい」
 どこの人ですか、由乃さん。
「ほ、ほんとなんでもないんだからっ」
 祐巳は慌てて席を立……とうたしたところで、慌てていたものだから、バランスを崩して床に倒れかけた。その隙を見逃さず、由乃さんがマンガを奪い取る。
「どれどれ……うわぁ」
「何が描いてあるの……あら……」
 由乃さんと志摩子さんが覗き込んだそのページには。
 その、祐巳ににたキャラクターが、女の人と抱きしめあいながらキスをしようとするシーンが、見開きで描き込まれていた。
「な、なんなのよ、このマンガっ。まさか18禁とかじゃないでしょうねっ」
 仮にも高校生の作っているマンガで、そんなシーンがあるとしたら大問題だ。由乃さんは大慌てでページをめくり、でもしっかりと中も見ながら、問題になりそうなシーンが無いかを確認した。
「ふぅ……。とりあえず健全だったわ」
 女の子同士がキスしてるシーンが健全かどうかは置いといて。ハダカとかは描いてないらしい。
「ほら、祐巳さん、しっかりしてよ。嫌らしいマンガじゃないんだから」
「というか、祐巳さんが取り乱したのって、ただキスシーン、ってわけじゃないんじゃないかしら」
 志摩子さんが先程のページを開く。そこでキスしようとしている二人の女の子。一人は祐巳さんにそっくり。そしてもう一人は。
「……祥子さま?」
「やっぱり、由乃さんにもそう見えるんだ」
 そう。キスのお相手は、黒くてサラサラのロングヘアーと、凛々しい顔つきの美しい少女で。それは、まるで祥子さまをモデルにしたようなキャラクターだったから。
「まぁ、それなら祐巳さんが動揺しても……しょうがないかなぁ」
 その時、ギシギシと階段を誰かが登ってくる音が聞こえてきた。
「あら、だれか来たみたい」
「来たって、……とりあえず、この本は隠しておいた方がいいわね」
 とっさに由乃さんは、本をたまたま開いていた祐巳のカバンの中に詰め込んだ。それと同時に会議室のドアが開く。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 入ってきたのは祥子さまと令さま。これで乃梨子ちゃんを除く山百合会メンバーが集合したことになる。
「志摩子、乃梨子ちゃんは?」
 令さまが乃梨子ちゃんが来ていないことに気づいて志摩子さんに尋ねた。
「さあ、私も聞いてないんです。けど、今朝会いましたし、学校には来ているはずです」
 そう言うや否や、ドタドタと急ぎ足で階段を登る足音が聞こえてきた。
「すいません、遅れました!」
 少し息を荒らげて乃梨子ちゃんが入ってくる。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。私たちも今来たところだから」
「あ、はい……。すいません……」
 全員揃ったところで、いつもの席に座ろうとしたとき、祥子さまが祐巳さんに声をかけた。
「祐巳。顔が赤くない? 風邪?」
「い、いえ! 大丈夫です」
「本当?」
 祐巳の言葉を信じていないのか、祥子さまはその手を祐巳の額にピタリと当てた。
「……やっぱり、少し熱くない?」
「だ、大丈夫です。本当ですっ」
 祐巳がぶるんぶるんと首を振ると、その拍子に祥子さまの手が祐巳の額から外れた。
「そう? さっきより顔が赤いように見えるけど。本当に大丈夫ね」
「は、はい!」
「無理はしないでね。冬も近いんだし。風邪を引いたりしたら大変よ」
「はい、ありがとうございます、お姉さま」
 軽く息を吐く。まださっき触れたお姉さまの手の感触が額に残っているような気がする。
(って、これじゃヘンタイみたいだよ〜)
 祐巳の気苦労も知らず、祥子さまは早くも今日の議題について話し始めていた。

 その日の会議も問題無く終わり、解散となった。
「じゃあ帰りましょうか、祐巳」
「はい、お姉さま」
 祐巳はテーブルの上に置いてあったカバンを手に取って、持ち上げた。が、その感触がいつもと違うことに気づいた。
(開いてる?)
 次の瞬間、祐巳のカバンの中身は、ドサドサッという音と共に見事に床の上にぶちまけられていた。
「何やってるのよ、祐巳」
「ご、ごめんなさいっ。すぐ片づけますから」
 祐巳はしゃがみ込んで、テーブルの下に転がったカバンの中身を拾い始めた。
「わ、私も手伝うっ」
 由乃さんがテーブルの向こうからわざわざ回って祐巳のそばにしゃがみ込んだ。そして、祐巳にだけ聞こえるような小声で言った。
「ごめんね、祐巳さん。さっきあのマンガ祐巳さんのカバンに入れたとき、閉めるの忘れてたの」
「いいよ。開いてるのに気づかなかったのは私なんだし」
「祐巳、ここにも落ちてるわよ。あら?」
 祥子さまが手に取ったのは,一冊の薄い本。B5サイズで、表紙は綺麗なカラーの印刷で……って、それはっ!
「…………」
 祥子さまは何も言わずその本を開いて、パラパラと中をめくった。と思うと、もう一度最初からページを、今度はもう少しゆっくりと見始めた。見ている間、表情がまったく変わらないのが少し怖い。
 最後のページまで読むと、祥子さまはその本をテーブルに置いた。
「祐巳」
「は、はいっ」
「この本はどうしたの?」
「え、えっと……漫究の、部誌、です……」
「あの、紅薔薇さまっ。私が持ってきたんです。クラスで回し読みしていて、それで……」
 志摩子さんが祐巳をかばうようにそう付け加える。それを聞くと、祥子さまは軽く溜め息を付いた。
「……わかったわ。今日はもう帰りましょう」
「は、はい」
 祥子さまはそれだけ言って、祐巳に部誌を返した。
 潔癖な祥子さまのことだ。マンガを持ってきたこととか、その内容がちょっとアブナイ感じのものだということで怒られると思っていたのに、なんだか拍子抜けだ。
 とはいえ、祐巳にとって気まずいことに代わりは無く、その日は結局ほとんど口をきかないまま、M駅で別れることになった。

 家に帰ってから、祐巳はその漫究の部誌をもういちど読み返してみた。物語は、とある女子校の生徒会で起こる日常を描いたもの。その中でヒロインは憧れの先輩に思いを打ち明けて……という話だ。複数の人が一本のストーリーを描いているので、絵柄がちょくちょく変わって読みにくいけど、結構面白かった。志摩子さんのクラスで回し読みされてたのも分かる気がする。
 そのヒロインは夏目亜由美という少女。ツインテールにした髪に、愛くるしい笑顔。薔薇の館では「祐巳に似ている」と言われたが、自分としては本人より数段かわいく描かれていると思う。もっとも、複数の人が描いている合同誌だから、人によって随分絵が違っているのだけど。
「そういえば、夏目、なんて偽名使ったことあったっけ」
 一年とちょっと前。祥子さまから姉妹宣言を突きつけられて、それを断って、その事を聞きつけた新聞部がやって来たときに、蔦子さんが祐巳のことを「ナツメさん」と呼ぶことで、難を逃れたのだ。なんだか随分懐かしく感じる。
「あれ? そういえば、漫究の部長の裕子さんって、去年、同じクラスだったよね」
 あまり深い付き合いが無かったとはいえ、さすがに去年同じクラスだったかどうかぐらいは覚えている。そして、間違いなく、その部長こと、野川裕子さんは同じクラスだった。
「まさか、あの時のやりとりを覚えてて……まさかねえ……」
 ただ、夏目亜由美、という名前が引っかかった。去年と逆に、夏目→福沢にして、亜由美、という名前から「あ」を抜いたら……。
「でも、実名使われてる訳じゃないし」
 それに。確かに、キャラクターが似てたり、制服が似てたり、生徒会の入ってる建物なんて薔薇の館そのままだったりするわけだけど。
「ストーリーは全然関係無さそうだしなぁ」
 なんというか、自分たちとは違う世界の話を読んでいるようで、モデルにされたという当初の印象はすっかり抜け落ちていた。
「薔薇の館でこんなメイドさんみたいな服に着替えてお茶を入れるなんてやらないよね〜」
 絵にはなってると思うけど、無理があると思う、やっぱり。
 とりあえず、明日、祥子さまにも話してみよう。そう思いながら祐巳は眠りに就いた。

 そして次の日の放課後。祐巳が薔薇の館に顔を出すと、そこには既に祥子さまがいた。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、祐巳。早速だけど行くわよ」
「行くってどこへ?」
「漫究よ。決まってるじゃない」
 祥子さまの後を追って漫究の部室へ向かう。その間、祥子さまとは一言も話をしなかった。
 (祥子さま、なにを言うつもりなんだろう……)
 できれば、あまり怒らないでくれると嬉しいのだけど。

 部室のドアをノックすると、ドアはすぐ開いた。開けたのは部長の裕子さん。まるで祐巳たちが来るのが分かっていたみたいだった。
「ご、ごきげんよう、紅薔薇さま、それに祐巳さん」
 裕子さんは、去年と同じく、背中にかかるぐらいの髪を後ろで二つに結んでいた。大きな丸いメガネもそのまま。かなり元気のいい子だったはずだけど、さすがに紅薔薇さま直々の登場と合って、多少気後れしているようだった。
 案内された席に座る。祐巳と祥子さまが隣同士。テーブルを挟んでその向かいに裕子さんと、もう一人知らない生徒。たぶん漫究の部員だろう。
「さて。事前にお話はしましたけど、今日話しに来たのは、学園祭であなた方が頒布していた部誌についてです」
 なるほど。ここに来る前に、ある程度の話しはしてあったらしい。さっきすぐにドアが開いたのもうなずける。
「そう言いますけど……そんな、人に見せられないような内容のものは作っていないつもりですが」
「そうね。内容は、確かに問題無いわね」
 あれっ、と祐巳は思った。潔癖症な祥子さま。てっきり、あのキスシーンとかがお気に召さなかったのかと思ったけれど。
「ただね。こうあからさまに私たちや山百合会、リリアン女学園をモデルにした作品はどうかと思うのよ」
「確かに、モデルにはしましたけど。でも、ちゃんとフィクションだって断りを入れてますよ」
「……イエローローズ事件、ご存じないかしら?」
「えっ?」
 イエローローズ事件。鳥居江利子さま──先代黄薔薇さま──をモデルにした小説がリリアンかわら版に掲載され、事実ではないかと噂を呼んだ事件だ。あれは結局新聞部の先走りと、その後に起きた、「事実は小説より奇なり」という言葉をそのまま当てはめたような事件が起きたせいで結局おとがめ無しになったけれど。
「その前には、『いばらの森』が話題になったこともあったわ」
 『いばらの森』という小説に書かれた内容が、佐藤聖さま──先代白薔薇さま──の身に起きた出来事と良く似ていたこと。でもそのせいで大変なことになりかけた。これも結局理由がはっきりして、問題にはならなかったけど。
「私たちがどうしても目立ってしまうのは分かるわ。でも、特別目立ちたいわけじゃないのよ。そのことはあなた達にも分かってほしいの。それに、フィクションだからと言っても、事実だと信じてしまう人がいるのは先の二つの件で立証済みだわ」
「はい……」
 祥子さまの言葉に何もいえなくなる裕子さん達。
「もう配布されてしまったものは仕方ないけど……。変な噂が広がらないような努力だけはしてほしいわ」
「分かりました。すみません……」
「私はそう言うことは慣れてるからあまり気にしないけど、ここにいる祐巳も、黄薔薇さまも白薔薇さまも、あなたたちと同じ普通の高校生。その事だけは覚えておいて」
「でも、紅薔薇さま! やっぱり、その、薔薇さまがたはみんなすごい方々ばかりで……」
「裕子さん」
 漫究の部室に来てから、祐巳は初めて口を開いた。
「裕子さん、去年、私と同じクラスだったでしょう。覚えてる?」
「え、ええ。もちろん覚えてるわよ。たぶん気づいてると思うけど、『夏目』って名字は、去年のあの時聞いた名字をもらったわけだし」
 あ、やっぱりそうだったんだ。と、そうじゃなくて。
「だったらさ、去年の私が、『紅薔薇のつぼみ』になるなんて想像できた?」
「それは……」
「このマンガの中の夏目さん、すごく可憐で健気な女の子、って感じに描かれてるよね。でも、それは、少なくとも、去年の、裕子さんが知ってる私とは全然違う。そして、今も当時からそんなに変わってるとは自分では思えないし」
 祐巳も思い出していた。祐巳自身も山百合会に入る前は、山百合会なんて雲の上の存在だと思っていたことを。メンバーはすごい人ばかりで、私たちとは違うんだと思い込んでたこと。
 でも、入ってみれば。すごい人ばかりなのはそうだったけど、それでもやっぱりごく普通の高校生で、決して手の届かない人たちではなかった。今だってあのマンガみたいに優雅に振る舞うことなんてできそうもない。でも、そんな祐巳をみんなが認めてくれている。それはとても素敵なことだと思った。
「そんな私だけど、お姉さまも、黄薔薇さまも、白薔薇さまも、他のみんなも、私のことを『紅薔薇のつぼみ』として……ううん、違うな……福沢祐巳として、認めてくれてるの」
「祐巳さん……」
「だから、あんまりモデルになったって気はしないんだけどね。ただ、やっぱり誤解しちゃう人がいると困るけど。ねえ、よかったら今度、薔薇の館に遊びに来ない?」
「え? いいの?」
「そうね。私たちは山百合会を閉ざされた場所にするつもりはないの。先代紅薔薇さまもそう考えていたわ。もともと、生徒会は生徒のためにあるものですから。ね、祐巳?」
「ええ。少なくともメイドさんの格好はしてないから」
「あ、あれは……その……メイド好きの部員が勝手に……」
 照れ隠しに頬をかく裕子さん。誰がそのメイド好きな部員なのかは秘密らしい。
「それはともかく、薔薇の館に来てくれるなら、いつでも歓迎よ、裕子さん。……お仕事忙しくなければ」
「祐巳ったら。来てほしいの? ほしくないの? どっちなの?」
 そう言って祥子さまは軽く笑った。祐巳も笑った。気がつけば裕子さん達も笑っていた。

「ちょっと、意外でした」
「なあに? 祐巳」
 漫究を尋ねた帰り道。祐巳は祥子にそう話しかけていた。
「いえ、祥子さまは……あの最後のキスシーンに怒られたのではないかと、そう思っていて……」
「え? ああ。あのシーンね。確かにちょっとびっくりしたけれど」
「でも、女性同士ですよ?」
「本当に好きなら、きっと性別なんて関係ないのよ。……男嫌いの私が言うのも変だけどね」
 そうだった。祥子さまは男嫌い。でも、それは、男の人に裏切られた経験からそうなったわけで。きっといつかは克服されると思う。
「それに、もしあれが嫌だというなら、私は聖さまも否定しなければいけなくなるわ。それは、どうしてもできないのよ」
「あっ」
 そうだった。聖さまは、昔、本当に栞さんを──女の人を愛していたんだ。
「そうでした……すみません」
「祐巳も聖さまのこと、嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いなわけありません!」
 そう言って、不意に思い出してしまった。卒業式の前日に、祐巳が聖さまにしたことを。
(うわぁっ、今頃あんなこと思い出さないでよ、私〜)
「祐巳は……」
「は、はいっ?」
 祥子さまの言葉に、意識を戻される。
「ああいうこと、したいとか思うこと、ある?」
「あ、ああいうこと、というのは……?」
「…………あのマンガに描いてあったようなことよ」
 さ、祥子さま。なんていう質問を。
 祐巳は祥子さまの方を見たが、その顔は祐巳とは違う方向を向いているので、どんな顔をしているのか分からなかった。少し耳が赤いように見えるのは気のせいだろうか。
 キスしたいかと言われると……。そりゃぁ、女の子としてはキスはしてみたいと思う。でも、それはあくまで「好きな人と」だ。好きでもない相手とは、絶対にしたくない。
(じゃぁ、私の好きな人っていうと……)
 もう一度、祥子さまの方を見る。と、今度は祐巳の鼓動が突然早くなりだした。
(え、ちょ、ちょっと……。そりゃ、祥子さまのことは好きだけど、キスしたいかって言われると……あう〜)
「ごめんなさい。変なこと聞いてしまったわね」
 祥子さまは立ち止まると、祐巳の方を向いてそう言った。その表情は、もう、いつもの優しい笑顔。
 それが、ほんの少し寂しくて。
 考えてみれば、お姉さまにはいつもドキドキさせられっぱなしだ。だから、たまにはお姉さまにもドキドキしてもらいたい。
 それに、聖さまにしておいて、お姉さまにしないというのも悪い気がする。
 って、何考えてるんだろう、私。そう言えば聖さまのときも何かいろいろすごいこと考えてたような気がするけど。
「どうしたの、祐巳? 行くわよ」
 なかなか歩きだそうとしない祐巳に近づく祥子さま。
 (今だ! やっちゃえやっちゃえー!)
 頭の斜め後方で、聖さまの幻が無責任なことを言った気がする。
 (そうよっ。全部聖さまが悪いんだわっ)
 だから、今、こうしたい気持ちは、祐巳のせいじゃない。そんな風に思ったら急に気が楽になった。
「祐巳?」
 まだ歩こうとしない祐巳に祥子さまがさらに近づく。祥子さまの顔が祐巳の顔を見たその瞬間。
 祐巳の唇が、祥子さまの頬──唇のほんのすぐそば──に触れていた。

- fin -

あとがき


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