KURAU Phantom Memory SS
メリークリスマス

 わたしが好きな日。それは、お誕生日と、クリスマス。だって、この日はおとうさんが一緒にいてくれるから。

 おかあさんはずっと前に亡くなって、物心付いたころから、私はおとうさんと二人きりだった。そのおとうさんもお仕事が忙しくて、なかなか家にいてくれなかった。でも、この日だけはずっと一緒にいてくれて──。だから、私にとって、誕生日とクリスマスは特別な日。

「おとうさんの嘘つき!」
 わたしはそう叫ぶと、勢いよくベッドの上に飛び乗った。普段より力を加えられたベッドのスプリングがギシギシときしむ。
 おとうさんから電話があったのは、午後五時十七分。
「ごめん、クラウ。今日も仕事が遅くなりそうなんだ」
 おとうさんは本当に申し訳なさそうにそう言った。そんなふうに言われたら、「うん」としか言えないじゃない。わたしだってもう十一歳だ。そんなにワガママばかり言える年齢じゃない。
 でも、でも──今日はクリスマスなのにっ!
 毎年、クリスマスには早く帰ってきてくれて、豪華な料理を用意してくれてたのに。とっても楽しみにしてたのに。
 最近、お仕事が忙しいのは分かってた。でも、今日だけは、って思ってたのに。
 そんなことを思いながら、わたしにできたことは、ベッドの上でふてくされて寝ころぶことだけだった。

「んん……っ」
 あれ、ここは……。
 あぁ、そうだ。ベッドの上で寝ころんでて……。いつのまにか寝ちゃったんだ。
「今、何時だろ……」
 ベッドの脇に置いてあるはずの目覚まし時計を探す。そう言えば、部屋の明かりが消えている。お手伝いのエラが消したんだろう、たぶん。
「あったあった。えっと……わ、九時過ぎてる」
 暗闇の中、時計の文字盤の螢光塗料がぼんやりと光っていた。
「九時か……お腹、空いたな……」
 考えてみれば、今日は晩ごはんを食べていない。わたしは部屋の明かりを点けると、ドアを開けて廊下に出た。
 廊下も明かりは消えていて、家には他に誰もいないようだった。
「エラはもう帰ったのかな……」
 廊下の明かりをつけて、階段をゆっくりと降りていく。と、下から、微かに物音がした。
「まさか……泥棒?」
 足を止め、耳を澄ます。間違いない。誰かいる。私は足音を立てないよう、そっと階段を降りた。
 台所に明かりがついている。なんて大胆な泥棒なんだろう。
 台所の入り口の脇についたところで、息を止める。何か話しているのが聞こえた。
「やれやれ……結局これだけか」
 私は一度深呼吸をした。それでも心臓がドキドキいうのが止められない。だからって、このまま見過ごすわけにも行かないし。私は勇気を振り絞って、勢いよく台所のドアを開けた。
「何してるの!!」
「え? クラウ?」
「って……おとうさん!?」
 そう。そこにいたのはおとうさんだった。
「な、なぁんだ……もう。びっくりさせないでよ〜」
 張りつめていた力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。
「お、おい。大丈夫か? クラウ」
「うん。ちょっと気が抜けただけ……。ほんと、びっくりしたぁ……」
「びっくりしたのはお父さんだよ。いきなり、大声で叫ばれたんだから」
「だって、泥棒かと思ったんだもん……あれ? あの箱何?」
「え? ああ、あれは……げっ」
 私が指さしたのは、床に落ちていた、二十センチ四方、高さは十センチほどの白い紙箱。もっとも、高いところから落としたのか、今はひしゃげてしまっている。
「あぁ、そうか。さっきクラウに呼ばれた時、驚いて落としちゃったんだ……」
「何なの?」
「クリスマスケーキだよ」
「あっ……」
「去年みたいなパーティの準備はできなかったからね。せめてケーキだけでもと思って、買ってきたんだ」
「……ごめんなさい、おとうさん」
「クラウが謝ることじゃないよ。クラウは勇気を出して、泥棒を追い払おうとしたんだから。それはとても立派なことだよ」
「でも、せっかく買ってきてくれたケーキ……」
「悪いのは、驚いてうっかり手を離しちゃったお父さんさ」
 そう言って、おとうさんはわたしの頬を両手で包んだ。暖かくておっきな手。わたしはおとうさんの手が大好きだ。こうされるとすごく落ち着くのは何故なんだろう。昔からそうだった。
「でも……」
 わたしは立ち上がって、落ちたケーキのそばに寄った。箱はひしゃげていて、多分、中に入ってくケーキも、ぐしゃぐしゃになってるんだろう。でも、わたしにはそのケーキを捨てるなんて、できなかった。
 箱を手に取って、ゆっくりと持ち上げて、そっとテーブルの上に置く。そしてゆっくりと箱を開いた。
 中に入っていたのは、アップルムースケーキ。スポンジの間にリンゴのムースを挟んだ、柔らかくて甘酸っぱい、わたしの大好きなケーキ。今はもうあちこち割れていて、飾りのホイップクリームは箱の裏側にべっとり着いてるけど。
「大丈夫だよ! まだ食べられる! ね、早く食べよう。わたし、お腹空いちゃった」
 そう言いながらお皿とフォークを用意する。あと切るための包丁と。
「クラウ……」
「なぁに、おとうさん?」
「メリー、クリスマス」
「……うんっ! メリークリスマス!」

 おとうさんと食べたケーキは、崩れてたけど、甘くておいしかった。
「そういえば、去年もこのケーキだったよね?」
「ん? クラウはこのケーキ嫌いかい?」
「ううん。すごくおいしいくて、好きだけど。でもどうして?」
 おとうさんはしばらく黙ってわたしの眼を見つめたあと、つぶやくように言った。
「……このケーキはね、お母さんが大好きだったんだ」
「おかあさんが?」
 私が小さいころ死んだおかあさん。本当のこと言うと、おかあさんの事はほとんど覚えていない。おとうさんもほとんど話してくれなかったし。
「それにね、今日は、特別な日なんだ」
「特別な日って……クリスマスでしょ?」
「それもそうなんだけどね。……お母さんの誕生日でもあるんだ」
 おかあさんの、誕生日……。
 もし、ここにおかあさんがいたら、「メリークリスマス」と「ハッピーバースデー」を一緒に言ってたのかな。それはなんか変な気もするけど。
 きっと、すごく幸せに違いない。だって、幸せな日が二つも重なるんだから。
 窓から空を見上げる。雲ひとつない空の向こうのドームのフレームのその向こうに、たくさんの星たちが見える。
「おかあさん、メリークリスマス、そして、ハッピーバースデー!」
 それは、とてもいい言葉に思えた。

 あれから月日は流れた。
 私はリナクスの力を得て、そのためにお父さんと別れなければならなくなった。もう何度、一人きりの誕生日とクリスマスを迎えたことだろう。

 でも、もう淋しくない。だって、私の「対」がやっと、目覚めたのだから。
 今、「対」が私の目の前にいる。その事がこんなに嬉しいだなんて、思ってもいなかった。その事がこんなに幸せだなんて──。
 とりあえず、やらなきゃ行けないことはたくさんある。まず、朝ごはんを一緒に食べて、一緒に買い物に行って、それから……。
「そうよ! あなたの名前を考えなきゃ」
「……名前?」
「名前。何か特別、いい言葉の……」
 何か、幸せでいい言葉を。優しくて、甘くて、暖かい言葉を。
「……クリスマス」
 答えは、すぐに見つかった。

- fin -

あとがき


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