マリア様がみてる SS
夢見る笑顔

第1話

「祐巳さん、聞いた?」
 教室に入るなり、祐巳にそう尋ねてきたのは、クラスメイトの真美さん。ご存知、新聞部副部長である。
「へ? 何を?」
 いきなり脈絡の無い質問をされて間抜けな返事をしてしまう祐巳。
「だから。今日から小笠原エレクトロニクスの最新型メイドロボがこの学校にテスト配備されるんですって。それで、紅薔薇さまからなにか聞いてないかと思って」
「メイドロボって……マルチちゃんのこと?」
「マルチちゃん?」
「うん。さっき会ったよ」
「うわぁっ、先を越された!」
 頭を抱えてうずくまる真美さん。新聞部として、人より早く情報を手に入れないと気に食わないらしい。
 近年のロボット工学とコンピュータ技術の急速な発展により、社会に出てきた家庭用雑事お手伝いメカ。通称、メイドロボ。登場にあたっては賛否両論が噴出したが──新技術というものは往々にしてそんなものである──時とともに社会に広まり、いつしか、多少珍しいものの、ごく普通にあるもの、として認知されるようになっていた。
 それにしても、ついこの間犬型のペットロボットが売り出されて話題になったのに。技術の進歩、というのは速い。
「でも、なんでそれでお姉さまが出てくるの?」
「だから、小笠原エレクトロニクス製だって言うから。なにか聞いてるかと思って」
「………………??」
「……祐巳さん、もしかして、小笠原エレクトロニクスって、知らない?」
 祐巳はコクンとうなづいた。
 真美さんはため息をつくと、物分りの悪い生徒に教えるように、ゆっくりと口を開いた。
「あのね、紅薔薇さまのフルネームはなんでしょうか」
「小笠原祥子さま」
「小笠原家といえば」
「お姉さまの家」
「……………………」
「……………………」
「だからっ! 小笠原家といえば日本でも随一の財閥でしょっ! 小笠原エレクトロニクスはそのグループ会社なのっ!」
 ガーン! という表情を全面に張り付かせ祐巳は固まった。小笠原という名前で気にはなったのだ。でも、それがグループ会社だなんて思いもつかなかった。
「まったく……」
「いやぁ、機械とか苦手だから」
 そういう問題ではない気もするが。
「とにかく、紅薔薇さまからは何も聞いてないのね?」
「うん。今日会ったら聞いてみようか?」
「ホント? 助かるわ!」
 態度を一変させる真美さん。まぁ仕方ないだろう。祐巳がそんな約束をしたとき、ちょうど担任が教室に入ってきたので、真美さんは自分の席に戻った。

 放課後。掃除を終えた祐巳は薔薇の館に向かっていた。学園祭も近づいており、山百合会の仕事は多忙を極めていた。ただでさえ紅薔薇のつぼみにも黄薔薇のつぼみにも妹がいないので人数が少ないのだ。白薔薇さまは2年生でそのつぼみは1年生だから、妹はまだ作れない。
「妹……作らなきゃだめなのかなぁ……」
 問題は、妹にするアテのある子がいないこと。紅薔薇のつぼみとして下級生に人気のある祐巳だったが、これと言って親しくしている子はいなかった。唯一親しい1年生といえば瞳子ちゃんだが、やっぱりまだ少し苦手だし、彼女は今演劇部の練習で忙しいはずで、手伝いを頼むわけにはいかなかった。
 薔薇の館に着き、急な階段を上り、ビスケット扉を開ける。
「ごきげんよう。遅くなりました」
「あ、祐巳さま!」
 そこにいたのはいつものメンバーと……今朝出会った、ロボットの女の子。マルチ。
「マルチちゃん? どうしてここに?」
「祐巳さまこそどうして……?」
「ぁ、私、紅薔薇のつぼみだから」
「えぇっ、そうだったんですか? す、すみません。知らなくて……」
「あぁ、いいのいいの。気にしないで。それよりマルチちゃんはどうして?」
「私が手伝いを頼んだんですよ」
「乃梨子ちゃん?」
「彼女、私たちのクラスに転入、って扱いになってるんです。それで、ちょっと手伝ってくれるよう頼んだんですよ」
「いいの? マルチちゃんは?」
「はい! 人間のお役に立つのがわたしたちのお仕事ですから」
 そう言って微笑む。仕事ができて嬉しくて仕方ないといった顔だ。
「祐巳、彼女と知り合いなの?」
「はい、お姉さま。今朝、偶然出会って……」
「祐巳さまに手伝ってもらったんです。ありがとうございました」
「いいよ、そんなお礼なんて」
「で、でも! 人間のお手伝いをするのがわたしたちの仕事なんです。それを人間の方に手伝ってもらっては……」
「じゃぁさ、その分ここの仕事、手伝ってよ」
「黄薔薇さま!」
「そうね。ちょうど人手が欲しいところだったの。手伝ってくれると助かるわ。みんなも異存は無いわね?」
 紅薔薇さまの意見に反対する者がいるはずも無く。こうして、マルチは山百合会の手伝いをするようになったのである。

 その日の帰り道。
「そういえば、お姉さまはマルチちゃんの事知ってたんですか?」
「いいえ。今日初めて知ったわ。どうして?」
「ぁ、その、クラスメイト……新聞部の真美さんですけど、お姉さまがマルチちゃんの事何か知ってるんじゃないか、って言ってたんで」
「たしかに、彼女は小笠原グループ傘下の会社の製品だけど……私は経営者でも株主でもないわ、残念ながら。ただ、どうしてこの学校に来る事になったのかは想像付くけどね」
「……どうしてですか?」
「私がリリアンにいるからよ。何かと話をつけやすかったんでしょうね」
「はぁ……」
 いまいち納得のいっていないような表情の祐巳。そんな彼女を見て祥子さまは優しく微笑んだ。
「まぁ、どうでもいい事だわ。私たちは山百合会幹部としてしっかりと仕事をするだけだし、マルチはマルチなりにやる事があるでしょうからね」
 そんな二人に、少し先を歩いていたマルチから声がかかった。
「祐巳さま〜、紅薔薇さま〜、バスが来ますよ〜〜〜!」
「わかったー。さ、行きましょう、お姉さま」
「ええ」
 手をつないで駆け足でバス停に向かう。二人がバス停に着いた時には、バスはその扉を開いて停車していた。少し停めていてくれた運転手さんにお礼を言ってバスに乗り込むと、バスは振動とともにゆっくりと走り出した。
「そういえば、マルチちゃんの家ってどこなの?」
「小笠原通信研究所の第2研究室です」
「通信研というと、M駅からのバスがあるところね」
「はい!このバスでM駅に向かって、そこから乗り換えるんです。みなさまはどちらですか?」
「私もM駅からバス。マルチちゃんとは行き先が違うけどね」
「私は電車よ。だから、駅でお別れね」
「そうですか」
 三人で話しているうちに、バスはM駅に到着した。リリアンを出たときはまだ明るかった陽は、すでに夕焼けになっていて、バスを降りた人たちの長い影を伸ばしていた。
「えっと、通信研行きのバスはどちらでしょうか……?」
「確かあちらだと思ったけど」
 祥子さまが指差した方向には、一人の少女が立っていた。と、その子を見つけたマルチが声を上げた。
「あ、セリオさん!」
 セリオ、と呼ばれた少女は、マルチの方を向いた。
「こんにちは、マルチさん」
 マルチがセリオの方に走っていく。親しい友人かなにかなんだろうか。祐巳と祥子もマルチを追ってセリオに近づいた。
 身長は祥子さまと同じくらいだろうか。リリアンではない、他の学校の制服を着ている。整った顔立ちをしているが、どこか冷たい目をしている。そして、耳にはマルチと同じような突起が。
「はじめまして。HMX−13、セリオと申します」
 セリオは無機質な声で挨拶をした。
「えっと、リリアン女学園の……小笠原祥子です」
「福沢祐巳です」
 軽く頭を下げる祐巳。
「リリアン女学園というと……マルチさんの研修先ですね。マルチさんがお世話になっています」
 相変わらず無機質な声でそう言って、セリオは深々と頭を下げた。
「セリオさんは、わたしと同時開発されたメイドロボなんですよ。妹みたいなものですね」
「そうなんだ」
「セリオさんはすごいんですよ。最新鋭のサテライト・システムで……えっと」
「サテライト・システム。衛星経由で小笠原のホスト・コンピュータにアクセスして、あらゆる日常作業──料理・洗濯・掃除・事務処理など──に対応できるシステムです」
 ……とにかくすごい機能らしい。マルチまで関心したような顔をしている。
「と、とにかくすごいんですよ!」
 やはり分かってないらしい。だが、その顔は自分のことのように誇らしげだった。
「それでは、失礼します。そろそろバスが出発しますので」
「えっ、もうそんな時間ですか? すみません……」
「うん。じゃあ、また明日。学校でね」
「はい、失礼します。えっと……ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 ぺこりとお辞儀をすると、マルチとセリオは、自分達の乗るバスに向かって行った。マルチは何度も祐巳たちの方を向いて、手を振っていた。
 マルチたちの乗ったバスが走り去っても、祐巳と祥子はしばらくその場に立ちつづけていた。
「さぁ、祐巳、私達も帰りましょう」
「はい。お姉さま……」
「……どうしたの? なにか考え事?」
 また顔に出ていたらしい。祥子さまの妹になってもう一年近く経つのに、いまだに百面相は治っていないらしい。
「えっ、いや、その……さっきのセリオって子は、ロボットって感じなのに……マルチちゃんはそういう感じがしないんです。何ででしょうね……?」
「祐巳……」
 祥子は、複雑な表情で祐巳を見つめていた。

- 第2話に続く -

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