マリア様がみてる SS
夢見る笑顔

第3話

「遅かったわね、祐巳」
「はぁ……はぁ……いえ、その、掃除が長引いちゃって……」
 薔薇の館には既に祐巳とマルチ以外の全員がそろっていた。腕を組んで祐巳を睨みつけてるのはもちろん祥子さまである。
「祐巳さまはわたしの掃除を手伝ってくださったんです」
「そうなの、祐巳?」
「はい……マルチちゃん一人でやってたから」
「掃除をサボって一人に押し付けるなんてなってないわね。乃梨子、あなたからもクラスの人に伝えておきなさい。文化祭前だからと言って掃除に手を抜くなと」
「は、はい……」
 いきなり話を振られてまごつく乃梨子。それでも返事が素直なのはそろそろ祥子さまの扱い方のコツがつかめてきたせいか。
「ふぅ……まぁいいわ。でも、今は忙しいの、それだけは忘れないでね」
「そうそう。祐巳ちゃん来ないと祥子ったら仕事にならないんだから」
「令っ!」
「おおっ、怖っ。さ、これ以上祥子怒らせたくないから仕事しよう?」
「は、はい……」
 祥子さまも気を削がれたのか、軽くため息をつきながらも自分の仕事に集中しだした。
 カリカリ。カリカリ。薔薇の館に、ペンの走る音や消しゴムをかける音、電卓をたたく音など、事務的な音が響く。確かに呑気におしゃべりしてるほど暇ではないのだ。
 と、そんな緊張した空気を無視した声がひとつ。
「あの、祐巳さま、これはどうしたら……」
「あぁ、これはね……」
 質問が終わると薔薇の館は再び緊張した空気に包まれた。カリカリ。カタカタ。カリカリ。事務的な音が響く。
「すみません、祐巳さま、ここの計算って……」
「ん、えーっとね……ここをこうして……」
カリカリ。カリカリ。
「祐巳さま、これはどちらからのお手紙でしょうか?」
「あ、名前書いてない……たぶん、美術部かな、これは。いいよ、こっちでやっておくから」
「はぅーっ、すみません」
カリカリ。カリカリ。
「祐巳さま、祐巳さま」
「ちょっと、マルチ?」
「は、はい!? 何でしょう、紅薔薇さま」
「さっきから、祐巳さま祐巳さまって、少しは自分でできないの?」
「はわわ、そ、その……」
「お姉さま、マルチちゃんは一生懸命やってくれてるんです。そんなに怒らないでください」
「祐巳……」
「ゆ、祐巳さま、わたしがデキが悪いのはほんとのことですし……。すみませんでした」
「まぁまぁ、三人とも落ち着いて。疲れてきたしさ、少し休憩しない?」
「黄薔薇さま……」
「そうね。乃梨子、お茶淹れるの、手伝ってくれる?」
「はい、お姉さま」
 志摩子さんと乃梨子ちゃんが席を立つ。祥子さまは軽くため息をつくと、何事も無かったかのさまに椅子に座り直した。
 それから少しお茶を飲みながら休憩して、そのあと1時間ほどしたところで、その日は解散となった。

 バス停までの帰り道を祐巳と祥子とマルチは歩いていた。
「そういえば、マルチのテスト期間って、いつまでなの?」
「2週間ですから……あと10日ちょっとですね」
 祥子さまの何気ない問いにマルチはそう答えた。
「じゃぁさ、テストが終わったらどうなるの?」
「えっと……テスト期間のデータが研究所で解析されます」
「それから?」
「そのわたしのデータとセリオさんのデータが比較検討されます。そして、成績の良かった方が選ばれるんです」
「選ばれる?」
「はい。セリオさんかわたしか、どちらかが正式な商品として採用されることになってるんです」
「えっ?」「えっ?」
 祐巳も祥子も驚いた様子だった。
「マルチちゃん、それって……」
「でも、採用されるのはセリオさんの方だと思います。わたしよりずっと役に立ちますし、優秀ですから」
 マルチは、いつもと変わらない、明るい顔でそう言った。
「じゃぁ……もしもセリオさんが選ばれた場合、マルチちゃんはどうなるの?」
「収拾した全てのデータが研究所のコンピュータに書き込まれます。これから誕生するメイドロボ──それはわたしの妹のようなものなのですが──その妹たちのために、利用されるんです」
「それなら……あなた自身はどうなるの?」
「……えっと、全てのデータを入れ換えて、再び、別のテストに使われると思います」
「データを入れ換える?」
「はい。今のわたしの体に別のデータを入れるんです」
「それって……いまのマルチではなくなってしまう、ということ?」
「……そうかもしれません。でも、これは、最初っから決まっていたことですから」
 マルチの表情も口調も、いつもと変わらない、明るいものだった。
「マルチちゃんは……それでいいの?」
「今のわたしは、こうやって少しでもみなさんのお役に立てればいいな、そう、思ってます。みなさんに喜んでいただけること──それがわたしの幸せなんです」
 そう言って、マルチはにっこりと微笑んだ。

 明くる日の放課後。今日は祥子さまが家の用事で、黄薔薇さまと由乃さんは部活、ということで放課後の会議は無しで、祐巳は家に帰ろうと下足箱に向かって校舎内を歩いていた。
 ふと渡り廊下を見ると、もうすかり見慣れた耳当てをした少女が一人、竹箒で渡り廊下を掃いていた。
「マルチちゃん、まだ掃除してたの?」
「ぁ、ごきげんよう、祐巳さま。お帰りですか?」
「うん。今日は山百合会の会議も無いしね……って、なんでまた一人でやってるの? それにここ、1年生の担当じゃないよね?」
「あ、ちがうんです。わたしが勝手にやってるだけで……」
 マルチは慌てて手を振りながら答えた。
「マルチちゃんは……なんでそんなに一生懸命なの?」
「え?」
「頼まれても無いのにこうやって掃除とかしてさ……。時間あるなら、遊びに行ったりとかしてもいいわけでしょ?」
「そうかもしれませんけど……でも、やっぱり好きなんです、お掃除」
「はぁ……」
 うらやましい。自分の部屋ならともかく、学校まで進んで掃除しようという気持ちに祐巳はなれそうにも無かった。
「それに、わたしを作ってくれた人間のみなさんに、少しでも……恩返し、っていうんですか? お役に立てればいいなぁ、と思いまして……」
「わたしはマルチちゃんを作った人じゃないよ?」
「それでも、こうやってお知り合いになれたんですから。わたしは、ご存じのとおりあまり出来の良くないメイドロボですが……それでも、少なくとも、自分の知ってる人ぐらいには気持ちよくいてほしんいんです」
「マルチちゃん……」
「変、ですか……?」
「ううん。マルチちゃんは偉いよ。すごく」
 そう言って祐巳はマルチの頭の上に手をおき、頭を撫でた。
「あっ……」
「あ、ごめん。嫌だった?」
「いえ……すごく、嬉しいです。祐巳さまになでなでされるの、気持ちいいです……」
 マルチの頬が少し赤らんでいたのは夕焼けのせいだろうか。
 何となく気恥ずかしくなって、祐巳は手を離すと、
「わたしも手伝うよ。また二人でやればすぐに終わるよ。それで一緒に帰ろう?」
そう言った。

 ザッザッザッ。固い竹箒が土の上を走る音が響く。この季節、落ち葉が多いのは大変だけど、それを掃除して一カ所に集めたあとは、むしろ普段より心地よく感じられた。
「マルチちゃーん、こっちは一通り終わったよ。そっちはどう?」
 祐巳はマルチを呼んだ。だが返事は無い。
「マルチちゃーん?」
 だがやはり返事は無かった。
「掃除に熱中してて聞こえなかったのかな?」
 マルチが掃除をしているはずの場所に向かうと、そこに一人の女の子が倒れていた。
 間違いない、マルチだ。
「マルチちゃん! マルチちゃん! どうしたの!?」
 慌てて駆け寄りマルチを抱き抱える祐巳。
 祐巳の腕の中で、マルチはゆっくりと目を開けた。
「祐巳……さま?」
「うん、祐巳だよ! どうしたの? しっかりして!」
「バッテリー……切れ……です。すみませんが、教室まで連れて行ってくださいませんか」
「教室っていうと椿組だね。分かった」
 祐巳はマルチを背負い、1年椿組の教室に向かった。
 マルチは見かけのとおり軽く、祐巳はなんとか担いだまま目的の教室にたどり着いた。
「マルチちゃん、着いたよ。どうするの?」
 マルチを適当な椅子に座らせて、祐巳は尋ねた。
「わたしの机……あそこですが、その中にノートパソコンが入ってます。それを……」
「ノートパソコン……あったあった。このケーブルは?」
「それも持ってきてください。それからコンセントにノートパソコンをつなげてもらえますか」
「コンセントコンセント……あった」
 教室のコンセントに電源ケーブルを差し込む。
「ありがとうございます……」
 そう言うと、マルチは右腕の袖を少し上げて、手首を左手の親指で押した。すると、手首の一部が、開いた。
「!!」
 マルチは開いたその場所に、ノートパソコンからつながっているケーブルを差し込む。するとノートパソコンが自動的に立ち上がり、画面に「ただいま充電中です。電源を抜かないでください」というメッセージが現れた。かわいらしいウサギのマスコットが画面の中で踊っている。
 マルチは、椅子に座ったまま、安らかに目を閉じていた。
「あんなに人間そっくりなのに……。やっぱりロボットなんだよね……」
 マルチの笑顔を思い浮かべながら、祐巳はつぶやいた。が、その言葉は誰にも聞かれることは無かった。

- 第4話に続く -

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