マリア様がみてる:夢見る笑顔・第4話

マリア様がみてる SS
夢見る笑顔

第4話

 祐巳と祥子さまは銀杏並木を並んで歩いていた。もうあたりは夕暮れに包まれていて、道を往く生徒の数もまばらだった。
 祐巳の足が落ちた葉を踏む。シャリ、というかすかな音が響いた。
「落ち葉を踏む音って、なんかいいですよね」
「そう? 間違ってギンナンを踏んだりしそうで嫌よ、私は」
 それでさっきから足元を見ながら歩いているわけか。
「それに、あとで掃除するのが大変になるしね」
「それはそうですけど……」
「そうね。あなたの言う通りだわ」
 不意に、聞き慣れない声が会話に加わる。
「えっ?」
 声の主である女性は、道の脇に置いてあるベンチに座っていた。何をするでも無く、ただ座っている。歳の頃は40かそこらだろうか。すらっとしている──というより、不健康に痩せている感じだ。眼鏡に野暮ったいコート。後ろで束ねただけの髪には何本か白いものが混じっている。
「確かに落ち葉は通行の邪魔になるし、公共の道路を汚してしまうものね……」
 会話はかみ合ってはいるのだが、視線は、どこか別の所を見ている様だった。ただの独り言なのだろうか。
「しかし……土の上に落ちた枯れ葉は次の春、新しい芽を吹かせるための養分になる、事もある。それが、コンクリートの上だとゴミ扱い……。寂しいとは思わない?」
「は、はぁ……」
「この世に、役に立たない物なんてひとつも無いはずよ」
「………………」
「さて、と」
 話は終わった、とばかりに女性は立ち上がった。
「帰るとしますか……」
「………………」
 祐巳と祥子さまはあっけにとられたようで、しばらく底に立ち尽くしていた。
「お姉さま……お知り合いですか?」
「いいえ。祐巳の知り合い、でもないのね?」
「はい」
 銀杏並木から、その役目を終えた葉が、また一枚落ちてきた。

「うりゃゃゃゃ〜〜〜〜〜〜〜」
 廊下にマルチのモップ掛けの掛け声が響きわたる。いまやマルチのモップ掛けはある種の名物だ。
「どうしたの? マルチちゃん。いまは掃除の時間じゃないのに」
「あ、祐巳さま、由乃さま、志摩子さま、こんにちは」
 マルチはモップ掛けを一時中断して祐巳たちのほうに駆け寄ってきた。
「で、なんで今頃掃除しているの?」
「えっと、私のテスト期間も残り少なくなってきまして。できるだけ綺麗にしておきたいなぁ、と思ったんです」
「あと3日だけ、だったっけ?」
「はい。土日をいれれば5日ですけど。来週の月曜が最後の日です」
「そう……すこし寂しくなるわね、祐巳さん?」
「え? それは……まぁ……」
「そういえば、あのモップ掛け、教えたの祐巳さんなんだって?」
 由乃さんが尋ねる。
「教えたって言うか……勝手に解釈したって言うか……」
「もっと役に立つこと教えておけばいいのに。お菓子の作り方とかさ」
「ああ、それは名案だわ」
 志摩子さんがぱん、と手を叩きながら言った。
「え? 名案って?」
「マルチちゃんにお菓子作りとか料理とか教える、って言うのはどうかしら?」
「あ、そうだね! どう、マルチちゃん、今日の放課後とか大丈夫?」
「は、はぁ……。でも、みなさまもお仕事が忙しいのではないんですか?」
「大丈夫大丈夫。少しぐらいなら」
「はぁ……」

「で、私が講師役なわけね……」
「すみません、黄薔薇さま」
「いいよ。私も気晴らしになるしね」
 もちろん、黄薔薇さまは由乃さまに拝み倒されてこうして家庭科室でエプロンをまとっているわけで。でも当の由乃さんが薔薇の館で仕事してるのがちょっぴり不満のようだった。
「ま、そんなわけで。今日はクッキーを作ってみようと思います」
 ぱちぱちぱちぱち。マルチと祐巳の拍手が家庭科室に響いた。
「拍手してないで。マルチちゃんも作るんだからね」
「えぇっ!?」
「見てるだけじゃだめだよ。ちゃんと手を動かさないと覚えないよ」
「分かりました! がんばります!」
 それを見ると、黄薔薇さまはすでに用意してあった材料の説明から始めた。
「クッキーの材料は、小麦粉に砂糖、バターに卵、あとはバニラエッセンスと。アーモンドとかココアなんかも入れるのもいいけど、今日は、ま、基本ってことで」
「ふむふむ」「なるほど」
「って、祐巳ちゃんまで感心してどうするの」
「い、いやー、せっかくだからしっかり覚えようと思って」
「ま、いいけどね。で、まずはバターをボウルに入れて」
「あ、はい」
「で、よくかき混ぜる」
「はい!」
 返事と共に、マルチはボウルに入ったバターを勢い良くかき混ぜ始めた。
 菜箸で。
「あ、あのー、マルチちゃん、菜箸じゃうまくかき混ぜられないでしょ……?」
「えっ、これじゃダメなんですかっ!?」
「はい。これ泡立て器」
 そう言って、黄薔薇さまは置いてあった泡立て器をマルチに渡した。
「あぁ、これ、かき混ぜる道具だったんですね」
「ははは……」
 前途多難なようだった。

「わぁっ、マルチちゃん! それ砂糖じゃなくて小麦粉っ!」
「あぁ、卵の殻がいっぱい入っちゃってる……」
「きゃぁっ、飛び散ってるよ、マルチちゃん!」
「……バニラエッセンス一瓶……」

「熱っ」
「どうしたのっ?」
「オーブンの温度を測ろうとして触ったら……」
「それ、熱いって問題じゃないでしょ! すぐに冷やさなきゃ」
「はわわっ、すみません……」
 そんなこんなで家庭科室が大騒ぎだったときに。
 ガラッ、と、入り口のドアが開いた。
「ごきげんよう。どう、調子は?」
「お姉さま!」
「私たちもいるよー」
「由乃!」
「志摩子さんに乃梨子ちゃんも」
「結局みんなで来ちゃいました」
「で、どう? そろそろできあがる頃じゃない?」
「……ねぇ、何か焦げ臭くない?」
「あぁっ、入れっぱなしだーっ!」
 慌ててオーブンのほうに駆け戻る黄薔薇さま。
「なにか……大変なようですね」
 乃梨子ちゃん、冷静なツッコミ。
 で。出てきたのは。
「……碁石?」
「はぅーっ。いちおう、クッキーを作ったつもりだったんですが……」
「ま、まぁ、見た目はアレでも味はいいかもしれないし」
 そう言うと、祐巳はクッキー(らしき物)を一つつまみ、口に入れた。
 ガリッ。
「……今、がりっ、て音しなかった?」
「き、気のせいよ……たぶん……」
「なんか……心なしか祐巳さまの顔色が良くないのですが……」
 ごっくん。
 ……どうやら飲み込んだらしい。が、口に入れた時から祐巳の体は硬直したままだった。
「祐巳っ、祐巳っ、大丈夫なのっ!?」
 祥子は思わず祐巳の体を抱きしめていた。
「ぁ、お姉さま……。は、はい、なんとか……」
 このままずっと抱きしめられていたい……一瞬そう思った祐巳だったが、今はやらなければならないことがあった。
「マルチちゃん……」
 祐巳は祥子さまから体を離すと、マルチに呼びかけた。
「祐巳さま、すみませんすみませんすみませんすみませんすみません……」
「私は大丈夫だから。泣かないで」
 そう言って、マルチの頭を撫でる。
「あ……」
「確かに、味は……その……独特だったけど、マルチちゃんはクッキー作りどころか料理自体初めてだったんだもん。気にすることないよ」
「でも……」
「私が最初にクッキー作った時ってね」
「へ?」
「一人で作ろうと思ったんだけど、やっぱりうまくいかなくてね。結局ほとんどお母さんに手伝ってもらったんだ。でも、マルチちゃんは、作り方は黄薔薇さまに教えてもらってたけど、全部自分でやってたよね」
「そうなの? 令ちゃん?」
「うん。何度も手伝おうかと言ったんだけどね」
 マルチは最後まで一人でやると言い張ったらしい。
「だから、マルチちゃんは、偉いよ」
 マルチの頭を撫でながら、祐巳は言った。
「祐巳さま……」
 マルチの目から、涙がこぼれる。
「マルチちゃん、もう泣かなくてもいいから……」
「いいえ、違うんです。嬉しいんです。嬉しいのに……どうして涙が出るんでしょう……」
「…………」
 マルチの涙が止まるまで、祐巳はずっとマルチの頭を撫で続けた。

- 第5話に続く -

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