マリア様がみてる:夢見る笑顔・第5話

マリア様がみてる SS
夢見る笑顔

第5話

 夜、わたしは夢を見ます。
 ロボットが夢を見るなんて、変だとお思いですか? なんでも、昼間のうちに見聞きしたデータのバックアップと再配置、推論ネットワークの再構築をサブコンピュータが夜のうちに行っているのですが(このあたりはわたしもよく分かってません)、その際にメインコンピュータがときどき呼ばれることがあって、その時に見える映像を、「夢」と言うのだそうです(と、わたしを作ってくださった方たちが言ってました)。
 毎晩違うものが浮かんでくるので、夢を見るのは楽しみです。
 その夜見た夢では、誰かがわたしの頭をなでてくれていました。その手は大きくはないけれど、やわらかくて、暖かで、優しい手でした。どなたかと思って顔を上げたのですが、なぜかその人の顔はよく思い出せません。こういうとき夢は不便です。
 でも。その人が誰だかはわからなかったけど。
 その人は、その手と同じように、暖かい、優しい、笑顔をしていました。

「ねえ、マルチちゃん、今日の午後、空いてる?」
「はい、大丈夫ですけど?」
 今日は土曜日。もちろん、授業は午前中で終わりだ。
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくれない? 午後からお姉さまと学園祭関係の買い物をしにK駅まで行くんだけど、人手が欲しくって……」
「はい、よろこんで!」
「ありがとう。じゃ、授業終わったらマリア像の前で集合ね」
「はい、わかりました!」
 今日もマルチちゃんは元気だ。話しているこっちまで元気になってくる、そう祐巳は感じていた。

 授業が終わり、マリアさまに見守られた小羊たちが帰路につく。その途中のマリア像、という一番目立つ場所に、これまた目立つ紅薔薇さま(とそのつぼみ)がいるのだから、目立つことこの上ない。
「お待たせしました!」
 マルチがその場所にやって来たのは、祥子と祐巳が到着してから10分ほどしてからのことだった。
「遅いわよ。何やってたの」
「す、すみません〜〜〜〜。廊下にゴミが落ちてたんで、ついそれをゴミ箱まで……」
「ふぅ……まあいいわ。いくわよ、祐巳、マルチ」
「はい、お姉さま」
「はい、紅薔薇さま」
 普段の帰りと同じバスに乗ってM駅へ。いつもと違うのは、ここからK駅に向かう、ということである。
「それで、今日は何を買いに行かれるんですか?」
「学園祭に必要な細々としたものよ。文房具とか、パンフレット用の紙とか。K駅のほうが、そういった物は充実しているからね」
「そうなんですかー。楽しみです。わたし、買い物に行くのって初めてですから」
「えっ、そうなの?」
「はい。もちろん買い物のやり方とかはあらかじめ学習済みですけど、やっぱり初めてってドキドキしますねー」
「あははは。マルチちゃんもそうなんだ」
 そう言って、祐巳はチラリと祥子さまのほうを見た。
「……何か言いたそうね、祐巳」
「い、いえ! なんでもないですよ!」
 アハハハと乾いた笑いでごまかす祐巳の頭の中にあったのが、お姉さまとの初デートの事だったのは言うまでもない。
 そんなことを話しているうちに、電車はK駅のホームに滑り込んだ。
 K駅前はいつ来ても賑わっている。特に土曜日の午後ともなれば、学校を終えた女子高生・女子大生で埋めつくされるのだ。マルチは初めて見る人込みに、キョロキョロと顔を動かしていた。
「で……どこへ行くの?」
 お姉さまはさすがにキョロキョロはしないものの、あいかわらずこういう場所は得意ではないらしい。
「とりあえず……もうお昼も過ぎてますし、何か食べませんか?」
「そうね。祐巳、どこかいいお店知ってる? ……ハンバーガー屋は遠慮するわ」
「行ってみたかったパスタのお店があるんです。どうですか……あっ」
 祐巳はマルチのほうを見た。そうだった。マルチは、食べる事ができないのだ。
「あ、わたしの事ならお構いなく」
「でも……」
「いいわ、その店に案内して」
「は、はい……」
「祐巳さまも祥子さまもお腹が空いてるんですよね? だったら食べてください。もしお邪魔でしたらわたし、どこかその辺で時間つぶしてますから」
「ううん。邪魔なんて。行こっ」
 その辺でうろうろしてるのを想像するほうがよっぽど心配だ。だったら目の前にいたほうがいい。それに、マルチと話すのは楽しいし。
 ……そう。マルチと話すのはとても楽しい。お姉さまと話すのとはまた違う感じ。由乃さんや志摩子さんともちょっと違う。この感じは……。
「あ、ここです」
「ちょっと混んでるわね。入れるかしら」
「少し待てば大丈夫だと思いますよ。量は多めらしいから、少しおなかが減ってたほうがいいかも」
「そうなの? 楽しみだわ」
 幸い、5分ほどで席が空いたので、祐巳たちは無事、昼食にありつく事ができた。

「ありがとうございました」
 店員の挨拶を背に、祐巳たちは店を出た。
「おいしかったですね」
「そうね。雰囲気も良かったし」
「ごめんね、マルチちゃん。私たちだけ食べてて」
「いいえ。気にしないでください」
「それで、買い物はどこでするの?」
「駅のほうに、文房具とか、手芸用品とか、いっぱい売ってる大きな店があるんですよ。そこに行けばたぶん全部手に入ると思います」
 再び駅のほうに向かう祐巳たちだったが、すでに昼食時間も過ぎ、道の混み具合はピークに達していた。
「……すごい人だかりね。いつもこうなの?」
「この時間は、だいたい……。すみません、お姉さま」
「いいのよ。ところで、祐巳……マルチは?」
「えっ? あれ?」
 振り向けばマルチがいない。いつの間にはぐれたのか、と思った時、後ろから声が聞こえてきた。
「祐巳さま〜〜〜〜」
「ちょっと連れてきます。お姉さまはここにいてください」
「え、ええ……」
 今歩いてきた道を戻ってマルチの所へ。
「はわわわわ〜〜。すみません、祐巳さま〜〜〜」
「大丈夫だった?」
「はい。すごく人が多くて、ちょっとセンサーが混乱してしまいました〜〜」
「はい」
 そう言って、祐巳は片手を差し出した。
「あの、祐巳さま?」
「手をつないでいれば迷子にならないでしょ?」
「……あ、はい!」
「さ、行こっ。お姉さま待たせてるんだ」
 ぎゅっ。祐巳の手が握りしめられる。予想外に強いその力に、祐巳は少し顔をしかめた。
「マルチちゃん、そんなに強く握らなくてもいいよ。痛い……」
「ああっ、す、すみませんっ。つい……」
「ふふっ。大丈夫だから」
 この手を握りしめる強さがマルチちゃんの気持ちのように感じられたから。自分をこうして信頼してくれる手に出会ったのは初めての事で、すこし気恥ずかしくて、とても嬉しかった。
「お姉さま、お待たせしました」
「ああ、よかった。見つかったのね……ぇ?」
「お姉さま?」
「いえ、なんでもないわ……さ、行きましょ」
 そう言うや否や、祥子さまは駅のほうに向かってスタスタと歩きだした。
「あっ、待ってください、お姉さまっ」

 駅に併設されたその店は、祐巳の言った通り、さまざまなものが揃っていた。
「文房具の他にも、手芸や装飾品、おもちゃまであるのね」
「文房具は……6階ですね」
 エスカレーターを上って6階に。
「うわぁ……」
 フロアには、たくさんの文房具や画材が、所狭しと並べられていた。
「すごいです……こんなにたくさんあるんですね〜」
「マルチちゃん、今日買う物はこっち」
「ぁ、はい!」
 あらかじめ買うものは決まっていたので、買い物自体はすぐに終わった。
「ごくろうさま。重くない?」
「ええ、大丈夫です」
「ねぇ、せっかくだから他の階も見ていきませんか?」
「そうね。私は構わないけど」
「わ、わたしも大丈夫です!」
 意見がまとまったところで、3人は上の階から順番に見ていく事にした。

「見てください! 綺麗です〜」
「本当、綺麗ね」
「あ、紅薔薇さまもそう思いますか?」
「ええ。薔薇の館に置いたらよさそうだけど……ちょっと高いわね」
「あらら……本当です〜〜」
「ねえ、マルチ、これはどうかしら?」
「わぁっ、これも綺麗です〜」
「ま、待ってくださいよ。お姉さま、マルチちゃん」
「祐巳、遅いわよ」
「祐巳さま、早く早く〜」
 いつの間にか祥子さまとマルチはすっかり仲良くなっていた。どうやら、「買い物初心者」同士で意気投合してしまったようである。
 じっくりとフロア内を見終わると、1つ下の階へ。
「いろんな色や柄の布がいっぱいあります〜〜」
「この階は洋服の生地とかが売ってるのね」
「この布で服を作るんですか?」
「そうよ。私はやらないけど、令なんかは得意なんじゃないかしら」
「黄薔薇さまはお裁縫も得意なんですか〜」
「着るのは由乃ちゃん限定だけどね」
 そんな事を話ながら、マルチと祥子さまが並んで歩き、そのちょっと後ろを祐巳がついていく、そんな状態がしばらく続いた。
「ねぇ、紅薔薇さま、このリボン、祐巳さまにお似合いだと思うんですが……」
「あら、本当。祐巳、ちょっといらっしゃい」
「なんですか? お姉さま」
「ちょっと失礼」
 祥子さまは祐巳の髪を結んでいるリボンのすぐ側に、マルチの見つけたリボンを当てた。
「あ、あの、お姉さま……?」
「いいわね。かわいいわ」
「はい、よくお似合いです。あ、店員さん、すみませーん。このリボンを……」
 祐巳があっけにとられているうちに、マルチは会計を済ませてそのリボンを祐巳の前に差し出した。
「祐巳さま、どうぞ」
「どうぞ、って……?」
「マルチがね、祐巳にプレゼントだって」
「へ? ど、どうして……」
「祐巳さまにはいろいろ良くしてもらいましたから。せめてものお礼にと思いまして」
「そんな、お礼だなんて!」
「いいじゃない。人の好意は素直に受け取っておくべきよ。それに、私もそのリボンを付けているところを見たいわ」
「は、はぁ……それなら」
 祐巳は店に置いてあった鏡の前でリボンを外した。普段は結わえてある髪がさらっと音を立てて流れ落ちる。
「あの……そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんだけど……」
「はわわっ、す、すみません……」
「いいじゃない。減る物じゃあるまいし」
「ううっ、お姉さままで〜〜〜」
 それでも、さすがに手慣れた物で、祐巳はすぐに新しいリボンを結び終えた。
「ど、どうですか……?」
「ああっ、やっぱりよくお似合いですっ!!」
「本当。かわいくて、祐巳によく似合ってるわ」
「えへへ……その、ありがとうございます。マルチちゃんも、ありがとうね」
 両脇の淡いピンク色のレースのリボンの真ん中で、祐巳は心から嬉しそうに笑っていた。

- 第6話に続く -

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