マリア様がみてる:夢見る笑顔・第6話

マリア様がみてる SS
夢見る笑顔

第6話

「じゃ、ここで解散ね」
 買い物を終えた3人は、再びM駅まで戻り、そこで解散となった。祥子さまはもう少し先の駅。祐巳とマルチはそれぞれ別方向のバスである。
「あれ? 祐巳さまのバスってこちらの方でしたっけ?」
「あ、ううん。ちょっと学校にノート忘れてきたの思い出しちゃって……。今から取りに行くんだ」
「ならわたしもおつきあいします!」
「あ、いいよ。たいした用事じゃないし。マルチちゃんには荷物持ってもらっちゃってるし」
 そう。今日買った物は、結局ほとんどマルチが持っていた。マルチが「わたしが持ちます!」と言って聞かなかったわけだが。
「それに、もう遅い時間でしょ。またバッテリー切れたら大変だもん」
「うう、それは……」
「そういうわけだから。マルチちゃん、気をつけてね」
「はい、祐巳さまもお気をつけて……」
 祐巳は出発間際だったリリアン方面行きのバスに乗った。この時間、客は少なく、祐巳はすぐに開いている席を見つける事ができた。
 祐巳が座ると同時に、エンジンの回転する低い音と振動と共にバスは発車した。ふとバスの窓ごしにマルチのいたほうを見ると、マルチは祐巳に向かっていつまでも手を振っていた。

「あんな顔するんだったら、連れてきたほうがよかったかな」
 目的のノートはすぐに見つかり、祐巳は校門へと向かう銀杏並木を一人で歩いていた。
 遠目には普段と変わらない様子で手を振っていたマルチ。でも、その顔はとても寂しそうだった。
「あ……」
 前のほうにあるベンチに、一人の女性が座っているのが見えた。彼女の前では何羽かの鳩が地面の餌をついばんでいる。
「あら」
 声をかけてきたのはその女性からだった。以前、祥子さまと歩いてた時に話しかけてきたあの女性だ。眼鏡に野暮ったいコート。後ろで束ねただけの髪。あの時とほとんど同じだ。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……」
「どう? かわいいものよね」
 その人は手に持ったパンを少しちぎって地面に放った。どうやら、こうやって餌をあげているので鳩が寄ってきているらしい。
「一緒に餌をやってみない?」
「い、いえ……」
「そう……」
 しばらく沈黙が続く。鳩の鳴き声だけが小さく聞こえてくる。なぜか祐巳はその場から立ち去ろうと言う気にはなれなかった。
「あなたは、鳩と人間の違いってなんだと思う?」
「へ?」
 いきなりよく分からない質問をされる。こういういきなりな、それも分かりにくい話と言うのは苦手なのだ、昔から。
 女性は祐巳のその答えを聞くと軽くため息をつき、
「それじゃ、逆に、人間と鳩とが似ているのはどこかしらね」
と尋ねてきた。
 やっぱりよく分からない。だが、そんな祐巳に構わず、その人は話を続けた。
「それはね、両方とも同じ生き物だって事。つまり、鳩と人間との違いなんてものは、ほんの少し見方を変えるだけで近くなったり遠くなったりもする……そうでしょ?」
「は、はぁ……」
 この人は本当に私の答えを聞きたかったのだろうか。事実、こうして話していても、彼女は祐巳のほうを一切見ようとはしなかった。
「……質問を変えましょうか」
 と、その人は初めて顔を上げて、祐巳のほうを見た。
「機械と人間の違いはなんだと思う?」
 機械と人間──まったく違う。祐巳はそう思ったが。
「私はね、こう思っていたの。──機械は人間が作ったもの。だけど人間は、そうじゃない、ってね」
 それは、当然のことだろう。
「でもね。考えてみれば生き物だって作られた物なのよね。幾多の偶然と必然が重なり合って、自然の中で、造られてきた」
「……………」
「あなたはどう思う? 人間と機械との違いについて」
「それは……」
 そんな事……考えた事も無かった。
「……所詮、機械は物を考えられない。与えられたプログラムを実行するだけ。どんなに精巧に造られた機械でも、決して人間にはなり得ない……」
「……………」
 気がつけばその人が手に持っていたパンはすべて鳩に与えられていた。
 彼女はパンの袋を丸めながら、ベンチから立ち上がった。
「ごめんなさい。帰りにくだらない質問をしてしまって」
 立ち上がった女性に驚いたのか、鳩は勢い良くどこかへと飛んで行く。
「ふぅ……さすがに冷え込むわね……それじゃぁ」
 祐巳の方を見ずに挨拶をすると、彼女は歩きだした。
「ま、待ってください」
 女性が、足を止める。
「ロボットでも鳩でも、一緒に泣いて、笑って、喜び合える……。それができるなら、それでいいと思います。たとえ、機械でも……」
「…………そう。ありがとう」
 小さくつぶやくと、その人は祐巳とは違う方向にゆっくりと歩いて行った。
 その人の背中を、祐巳はずっと見つめていた。

 月曜日。
 祐巳はいつもより早く学校に向かっていた。
 きっと、マルチちゃんはいつもどおり、校門のあたりの掃除をしているんだろう。何時に来ているかは知らないけど──。
「ごきげんよう。ごきげんよう──。あ、祐巳さま!」
 祐巳の姿を見つけたマルチが駆け寄ってくる。
「ごきげんよう、祐巳さま」
「ごきげんよう、マルチちゃん。今日も頑張ってるね」
「今日で最後ですから。気合を入れてやらないと」
 いつもと変わらない元気な笑顔。この笑顔を見れるのも今日で最後。
「あ、あのね、マルチちゃん。ちょっと、時間、いいかな?」
「はい、かまいませんけど」
「じゃ、ちょっとこっち来てくれる?」
 祐巳が連れて行ったのは人気の無い校舎の裏側だった。登校してくる生徒たちの姿はここからは見えない。
「あの……何でしょうか?」
「う、うん……あのね。昨日ずっと考えてたんだけど、うまく思いつかなくてね。ほら、私たち、マルチちゃんに一杯手伝ってもらったでしょ。だから、マルチちゃんにお返しが何かできないかなー、って思って」
「そ、そんな事! 気にしないでください!」
「でも、一方的になにかしてもらうのって、やっぱり変だし。だから、マルチちゃんのお願い、一つ聞いてあげる」
「おねがい、ですか……?」
「うん。今度は私がマルチちゃんを手伝ってあげる。マルチちゃんのために何かしたいの」
「わたしの……願い……」
 マルチはしばらく逡巡したあと、顔を上げた。
「じゃぁ、一つだけ……いいですか?」
「うん。何でも言って。私にできることなら」
「じゃぁ…………わたしに…………」
「?」
「わたしに……祐巳さまのロザリオを、今日一日だけ、貸してください」
「!?」
「……………………」
「マルチ、ちゃん…………」
「意味は、分かってるつもりです……」
「……………………」
 二人の間を沈黙が支配する。その時間は一瞬だったのか、それとも永遠だったのか。
 先に沈黙を破ったのはマルチの方だった。
「ご、ごめんなさい! やっぱりわたしってダメなメイドロボですよね。最後の最後まで祐巳さまにご迷惑をおかけして……」
「マルチちゃん……」
「ごめんなさい。ただ。ただ、祐巳さまの一番近くにいたかったんです。せめて、今日くらいは……」
 マルチは、笑顔だった。両目から涙を溢れさせながら、笑っていた。
「ロボットのくせに、何言って……きゃっ」
 突然、マルチの体が、柔らかい物に包まれた。
「祐巳、さま……」
 祐巳が、マルチを抱きしめていた。祐巳の肩口に、マルチの顔が押しつけられる。
「泣かないで。私は……マルチちゃんの笑顔を見ていたいの。マルチちゃんの一番近くで」
「祐巳さま…………」
 祐巳の腕の中で、マルチの涙は少しずつ引いていった。
「祐巳さま……暖かいです」
「マルチちゃんも……あったかいよ」
 そして、祐巳はゆっくりと腕を離し、自分の首の後ろに手をかけた。
「それは……」
「いいよ。マルチちゃんのお願いだもんね」
 そう言って、祐巳は胸元からロザリオを──祥子さまからもらった、ロザリオを取り出した。
「今日、これ、マルチちゃんに貸しておくね」
 そして、それをゆっくりとマルチの首に掛けた。
「たった一日だけど……今日だけは、あなたは私の妹よ、マルチ」
「………お姉さまぁっっ!!」
 マルチは祐巳にしがみつき、再び大粒の涙を流し始めた。
「もう。泣かないで、って言ったばかりなのに…………」
「すみません。すみません。すみません。でも、止まらないんです」
「いいよ。今だけは」
 祐巳と抱き合いながら、マルチはいつまでも涙を流し続けた。

「何してるのかな、紅薔薇さま」
「ひっ……」
 突然後ろから掛けられた声に、祥子は小さな悲鳴を上げた。すぐにその声が誰の物かを知り、自分の視線の先にいる二人が自分の声に気づいていない事を確認すると、祥子はゆっくりと後ろを振り返った。
「脅かさないでよ、令」
「私は紅薔薇さまって呼んだだけなんだけどね。その程度の事で驚くような事、してたんだ」
「……なんで、こんな所にいるのよ?」
「いや、なんかこそこそと祐巳ちゃんの跡をつける祥子を見つけたからね。どうしたのかと思って」
「……尾けてきたの? 悪趣味ね」
「妹の告白シーンを覗き見てるほうがよっぽど悪趣味だと思うけど?」
「……偶然だったのよ、偶然」
「私が祥子を見つけたのも偶然よ」
「…………」
 悔しいが、どう見ても全面的に自分が不利だ。
 祥子は踵を返すと、いつもと変わらない調子で下足箱のほうへ歩きだした。令もそれに続く。
「……妬ける?」
 祥子の横に並ぶと、令は小声でそう尋ねた。
「そうね……少しは、そういう気持ちもあると思う」
「……なんか、微妙ね」
「…………」
 物事をはっきりさせないと済まない祥子にしては珍しい、と令は感じた。その祥子はといえば、立ち止まって何かを考え込んでいるような風だ。
「妬くとかそういうことより……心配なのよ」
「何が?」
「たった一日しか妹と一緒にいられない……今日が終わって別れた後、あの子が悲しむんじゃないかって」
 祐巳の悲しむ顔を見たくないから。
「大丈夫だと思うよ」
「そんな気休めをっ……」
「祐巳ちゃんも分かっててあの子を妹にしたはずだし。何より、祐巳ちゃんが祥子を悲しませる真似をするなんて思えない」
「令…………」
「信じましょ、祐巳ちゃんを。大丈夫。彼女は強い子だから」
「ええ……そうね。ありがとう」

 そして。時間は流れる。すでに日は傾き、学校帰りの生徒たちの影を長く延ばしていた。
「短い間でしたけど、今日まで、ありがとうございました」
 マリア像にお祈りをするマルチ。
「みなさんが……お姉さまが、どうか、笑顔でいられるよう、見守っていてください、マリア様」
 祈りを終えたマルチは、少し離れたところにいる山百合会の皆の所へ小走りに向かった。
「お待たせしました」
「もういいの?」
「はい」
「じゃ、帰りましょう」
 全員が揃っているにも関わらず、なぜか皆、口数は少なかった。
 バスに乗り、M駅に向かう。本来バスを使わない黄薔薇姉妹も今日は一緒だった。だが、誰も話そうとしない。話しかけようとしてもそのまま立ち消え手しまう、そんな事が続いた。
 渋滞も無く、バスは定刻どおりにM駅に着いた。
「マルチ……」
「なんですか? お姉さま」
「……ううん。バス停まで、見送るね」
 通信研行きのバス停には、以前見かけたメイドロボ──セリオが立っていた。祐巳たちを見つけると、以前と変わらない、無機質な声で挨拶をした。
「お姉さま……これを」
 バス停の前でマルチが祐巳に差し出したのは、今朝、渡したばかりのロザリオ。
「わたし、今日の事、一生忘れません」
「私も、忘れないよ」
 ロザリオを受け取ると、祐巳はマルチを抱きしめた。
「お姉さま、わたし、楽しみなんです」
「楽しみって?」
「前に、私のデータが次の世代のメイドロボに利用される、ってこと、お話ししましたよね」
「うん。覚えてる」
「わたしのみなさまへの──お姉さまへの気持ちは、わたしを元に作られる、次の世代のメイドロボにも受け継がれるんです。わたし自身の体はテストが終われば初期化されるでしょうけど、私の感じた事は、ずっと、ずっと引き継がれていくんです」
「マルチ……」
「わたしがお姉さまを好きだった、この想いが受け継がれていく。きっと、その子たちも誰かを好きになる、そう、思いませんか?」
「そうだね……。私も、伝えるよ。今の私のこの想いを。友達とか、恋人とか、いろんな人に。いつか結婚して子供が産まれたらその子にも聞かせてあげたいな」
「素敵です、お姉さま!」
 二人はもう一度強く抱きしめ合うと、ゆっくりとその体を離した。
「バス、来ちゃったね……」
「はい」
 バスの乗降口がプシュッという音と共に開く。
「みなさま、本当に今日までありがとうございました」
 山百合会の皆に大きく礼をすると、マルチは最後に祐巳のほうを向いた。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、マルチ」
 セリオがバスに乗り込む。マルチもそのあとに続いた。
 祐巳がバスの側から離れると、乗降口がゆっくりと閉まった。低いエンジン音と共にバスが動き出す。
 バスの中から、マルチが手を振っているのが見えた。祐巳も手を振り返す。バスが見えなくなるまで、祐巳は手を振り続けた。

「祐巳」
 バスが見えなくなってしばらくしてから、祥子は祐巳に声をかけた。
「はい、お姉さま」
「良かったの、これで……?」
 離れる事が分かっていて。そしてこうして離れてしまって。悲しくはないのだろうか。泣いてはいないだろうか。そう、思った。
「はい。大丈夫です。私もマルチも、すごく、幸せでしたから」
 祐巳が祥子のほうを振り向く。
「祐巳……」
 祥子は、祐巳の顔を見て微笑んだ。
 祐巳の顔は、今までに見た事の無いような、幸せな笑顔だった。

- fin -

あとがき


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