アイドルマスター SS
My Best Friend

「おっはよーございまーす!」
「おはようございます」
 765プロのオフィスに、二人の少女の挨拶が響きわたる。一人は、高槻やよい。もう一人は、如月千早。現在、大いに売り出し中のアイドルユニットの二人だ。デビューから三ヶ月。徐々に知名度も上がり、首都圏ではかなり名が売れてきたと言っていいだろう。
「おはよう、千早、やよい」
「うむ、朝から元気があってよろしい」
 二人を迎えたのは、彼女たちのプロデューサーと、765プロの高木社長。
「元気がいいのは、特別な理由があるからじゃないの? やよいちゃん」
 そう言いながら、人数分のお茶を運んできたのは音無小鳥。765プロの事務員……というか、雑用的なところを一切合切行っている、縁の下の力持ち的存在。
 彼女のその意味深な言葉を受けて、やよいは少し照れたようにうつむいた。何があるのか見当も付かない千早は、いぶかしんでいる。
「それじゃあ、社長」
「うむ、では」
 社長は息を吸うと、よく通る声で言った。
「高槻やよいくん、誕生日、おめでとう」
 同時に、パチパチと拍手が鳴り響く。
「あ、ありがとうございます! えへへ……」
 やよいは頬を赤らめながら、それでも満面の笑顔で応えた。
「はい、これ、私たちからのプレゼント」
 小鳥がリボンのかかった袋を手渡す。
 その隣で、千早はまごついていた。
「ん、どうした? 千早」
 千早のどこか落ち着かない様子に気づいたのは、プロデューサーだった。
「あ、そ、その……ごめんなさい、高槻さん。私、今日が高槻さんの誕生日だって知らなくて……。プレゼントとか、何も用意してなくて……」
 千早はぺこんと頭を下げた。
「あ、千早さん、そんな、気にしないでくださいよ!」
 やよいが大きく手を振る。
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
 小鳥が、ニヤニヤしながら二人に提案する。
「千早ちゃんが、何か一つやよいちゃんのお願いを聞いてあげる、ってのは」
「ええっ!?」
「えっ」
 二人の口から声が漏れる。
「もちろん、あんまり無理なのはあれだけど、やよいちゃんなら、そんな事言わないでしょ?」
 二人は顔を見合わせる。
「まあ、そうですね。無理のない『お願い』でしたら」
「だって、やよいちゃん。さ、何か千早ちゃんにお願いしたいこと、ある?」
「えっと、そうですね……」
 やよいは、しばらく考え込んでいたが、やがて、そっと顔をあげた。
「あの、ですね、その……」
 どうにも歯切れが悪い。いつも元気いっぱいなやよいの姿とはだいぶ様子が違っていた。
「ほらほら、やよいちゃん。せっかくのお誕生日なんだからっ」
 小鳥の後押しが効いたのか、やよいは、千早を見て、言った。
「今日一日、『おねえちゃん』って呼んで、いいですか?」
 千早の目が点になる。
「お、おねえちゃん?」
「はい。あの、わたし、お兄ちゃんかお姉ちゃんがほしいなー、って、ずっと思ってて、 それで、その、千早さんならしっかりしてるし、理想のお姉ちゃんだなー、って思ってて、それで、その……」
 やよいは、照れたように指を動かしながら上目づかいに千早を見た。
「え、えーと……その……」
 当の千早は、まだ状況をよく飲み込めていないようだ。
「千早さんが『お姉様』、やよいちゃんが『妹』。そう、お互い想いあう二人は、マリア様が見守る中で、ロザリオを受け渡して、姉妹の誓いを結ぶのねっ。素晴らしいわっ」
「小鳥さん、妄想漏れてますよ」
 どこかイッてしまった目つきの小鳥を、プロデューサーがたしなめる。
 そんな小鳥やプロデューサーのことは目に入らない様子で、やよいは千早を見つめていた。
「だめ……ですか?」
「い、いいえ。分かったわ。じゃあ、そういう風に呼ぶということで」
 二人のにらめっこは、とうとう千早が根負けした。
「わーい、ありがとう! 千早おねえちゃん」
「くっ」
 千早が顔を背ける。
(ちょっと、なんなの、かわいいじゃない! いえ、違うのよ。そういう趣味があるわけじゃなくて、ああっ、でも、思わず頭を撫でたくなるというか、こう、ぎゅっとしたくなるというか)
 どうやら、やよいのアピールが千早の心にクリーンヒットしたようだった。
「あの、どうしたんですか?」
 もちろん、やよいはそんな千早の心の内など知るべくもなく、無邪気に尋ねてくる。
「う、ううん。なんでもないわ、ええ。じゃあ、高槻さん──」
「ちっちっち。違うでしょ、千早ちゃん」
「音無さん?」
 妄想から復帰した小鳥が、千早にツッコミを入れる。
「やよいちゃんが、『おねえちゃん』って呼ぶんだから、千早ちゃんは、お姉ちゃんらしく『やよい』って呼ばなきゃ」
「私もですか?」
「当然ですよ。やよいちゃんが望んだのは、やよいちゃんのお姉さんなんですから。お姉さんらしく振る舞わないと」
「え、えーと、じゃあ──やよい」
「なに、おねえちゃん?」
「え、えーと……」
 千早がどう話を進めようと考えていたその時、誰かの携帯電話が鳴った。
「あ、悪い。俺のだ」
 プロデューサーは、スーツのポケットから携帯電話を取り出し、片手でそれを開くと、耳に当てた。
「はい、765プロの……あ、どうも、いつもお世話になってます! 今日の撮影の件ですか? はい、もう二人とも事務所に来てますのでいつでも……え、中止?」
 プロデューサーの口からこぼれた不穏な単語に、全員の目がそちらに向く。
「それって、はい、はい。ああ、そうですか……。それじゃあ、仕方ないですねえ。わかりました。じゃあ、スケジュールの調整はまた別途、ということで。はい。よろしくおねがいします」
 携帯を耳から離し、終話ボタンを押す。ピッという音がしたのを聞いて、プロデューサーは皆の方に向き直った。
「……というわけで。聞いてたと思うけど、今日のビデオ撮影は中止になった」
 ええ〜、という声がやよいと小鳥の口から漏れる。
「何があったのかね」
「機材の故障だそうですよ。代わりの機材の準備にも手間がかかるとかで、今日は中止にしたいとのことでした」
「なるほど。なら仕方ないな。忙しいとは思うが、再スケジュールの調整、よろしく頼むよ」
「はい」
「プロデューサー、それでは、今日のスケジュールは」
 うなずくプロデューサーに、千早が問いかけた。
「そうだなあ。今からレッスンに向かうのもあれだし、営業の予定も入れてなかったしなあ。最近仕事も多かったし、今日は休暇としよう」
「わ、お休みですか?」
「ああ、たまには息抜きも必要だ。かまいませんよね、社長」
「ああ、アイドルのことに関しては君に一任しているからな。君が必要だと思うなら、そうすればいい」
 突然の休暇に、千早は戸惑っていた。今日は仕事がある日なので、当然ながら他に何も予定は入れていない。少しCDショップでも見て帰ろうか、と思っていると、やよいに腕を突つかれた。
「あの、せっかくのお休みだし、お買い物とか行きませんか? あ、お買い物って言っても、私はほとんどいつも見て回るだけなんですけど……」
「やよいちゃん、お姉ちゃんにそんなかしこまった言葉遣いはないでしょ?」
 またしても小鳥からツッコミが入る。
「まだ続いてるんですか?」
 千早は、少し疲れた様子で、小鳥に尋ねた。
「当然です。今日一日、千早ちゃんがお姉ちゃんなんですから」
 この状況を一番楽しんでいるのは、間違いなく小鳥だろう。
「え、えーと。じゃあ、もう一回。おねえちゃん、買い物に行こうよ!」
「そ、そうね。じゃ、行きましょ、やよい」
「うっうー。やったー! それじゃ、プロデューサー、社長、小鳥さん。お疲れさまでしたー!」
 やよいは、さっそく自分の荷物を持って、外へと向かった。その後を、千早が付いていく。
「それじゃあ、どこに行く? おねえちゃん」
 張り切って出てきたはいいものの、具体的にどうするかは決めていなかったらしい。
「高槻さ──やよいはどこか行きたいところ、あるの?」
「いえ、別に……。さっきも言ったみたいに、見てばっかりですし」
「そうね……私も特に買いたいものって無いし。じゃあ、一緒に、駅の方でも見て回りましょうか?」
「はい!」
 千早とやよいは、駅前へと向かった。ここには、さまざまな店舗の入った大きなビルがあって、今日もたくさんの人で賑わっていた。
 洋服、靴、アクセサリーなどを扱っているショップを二人で見て回っていく。千早にとっては普段一人で来る場所、やよいにとってはそもそもあまり来ない場所で、それが二人にとってとても新鮮に感じられた。
 しばらくして、千早が「CDショップを見たい」と言った。もちろん、やよいに異存は無い。二人はエレベーターに乗って、ビルの上の方にあるCDショップに入った。
「私はあっちの方を見てるから、やよいはどこか適当に見てて」
 千早はそう言うと、クラシック方面へと足を向けた。付いていきたいところだったけど、やよいにとってはちんぷんかんぷんと言ってもいい世界だ。仕方なく、やよいはJ−POPコーナーに足を伸ばす。たくさんのCDが並んでいる店内は、それだけで壮観だ。
「あ、あった」
 やよいと千早の歌っているCDも、ちゃんと並んでいた。
「やっぱり嬉しいなー」
 それから、キッズコーナーへ。弟たちに、アニメの主題歌の入ったCDでも買っていこうかと思ったとき。
「あれ? なんだか騒がしいです〜」
 店内の一角に、ちょっとした人だかりができている。
(だれか有名人でも来ているのかな?)
 そう思って近づいてみると。その人だかりの中から「千早ちゃ〜ん」という声が聞こえた。
(まさか!?)
 やよいは、近づいて人山の向こうを見ようとしたが、集まっている人たちの方が背が高くて、奥はよく見えない。ジャンプしてみると、そこに困った様子の千早がいた。
(どうしよう……店員さんは……)
 やよいは、あたりを見回す。店員は、すでに集まった人たちを何とかしようとしていたが、いかんせん、多勢に無勢、といった様子だった。
 どうしようかと考えていると、千早が一歩、後ろに退く姿がちらりと見えた。それが、やよいの中の何かを突き動かした。
「やめてください!」
 店中に響く大きな声。
 全ての音がその声にかき消されたかのように、静まり返る。
「千早さん、困ってるじゃないですか!」
 その場にいた全員が、声の主──やよいの方を見た。
 やよいが、一歩、足を踏み出す。前にいた客は、思わず場所を動く。もう一歩。また別の客がその場を退く。やがて、やよいの前には千早のところに続く道ができていた。
 やよいは、千早の前まで行くと、千早を守るかのように大きく手を広げて、その場にいた全員に向かって叫んだ。
「あなたたちは、千早さんのファンですか?」
 何人かの客が、恐る恐る、といった様子で頷き返す。
「千早さんのことが好きなら、なんでその人のことを困らせたりするんですか!? 一緒に楽しくしたいって、そう思わないんですかっ!?」
 ざわめきかけていた場が、再び静まり返る。
 やよいは、千早の手を取ると、
「行きましょう、千早さん」
 と言って、そのまま店の外へと向かって歩きだした。二人を止めるものは誰もいなかった。

 どこをどう歩いたのか、二人は、小さな公園へとたどり着いていた。二人の他に、人の姿はない。
「あ、すいませんっ」
 やよいは、ぱっと、握っていた手を放した。
「大丈夫でしたか? 千早さん」
「ええ、ちょっとびっくりしたけど。ありがとう、高槻さん……やよい」
 千早の言葉に、やよいが、「しまった」といった顔つきになる。今日一日、姉と妹、という設定を作ったのは自分なのに、すっかり忘れていた。
 千早は、近くにあったベンチに腰を下ろした。その隣に、やよいも座る。
「私ね、昔、本当にお姉ちゃんだったのよ」
「えっ?」
「弟がいたの。おねえちゃん、おねえちゃん、っていっつも懐いてきてね。とてもかわいかった」
「…………」
「でも、交通事故で、あの子は逝ってしまった……」
「千早さん……すみません。私、そんなこと知らなくて、あんなこと言っちゃって」
 千早が今まで口にしなかったのは、それが辛い記憶だからだろう。
「ううん。いいのよ。知らなかったんだもの。それに、『おねえちゃん』って呼ばれるの、ちょっと嬉しかったし……」
 そう言うと、千早はため息をついた。
「でも、ダメね。あんなところ見せちゃって。やよいは、私のことを『しっかりしている』って言ってくれたけど、幻滅したでしょ?」
「そんなこと無いです!」
 やよいは、手に拳を握り、強い口調で言った。
「やよい……」
「もともと無理言ったのは私ですし……。それに、今日は、千早さんのいろんな事、知ることができたから。だから、とっても嬉しいです!」
 たしかに、ユニットを組んでしばらく経つのに、仕事以外で、こんなに一緒にいたのは初めてかもしれない。千早は、やよいと出会ってからのことを思い返していた。
「じゃあ、今度は私の番。やよいのことを聞かせて。弟さん、妹さんはどんな感じなの?」

「オーディション合格者は……一番!」
 千早とやよいにスポットライトが当たる。
 やよいの誕生日からしばらくあとの事。二人は、TV番組出場を賭けたオーディションを受けていた。結果は、合格。
「よくやったな、二人とも」
 ステージから降りてきた二人に、プロデューサーがねぎらいの言葉をかけた。
「千早は、ダンスの動きが良かったし、やよいも、声の出し方が上手くなっていた。それに、なにより二人の息がぴったりあっていたよ。これなら合格だと思った」
「ありがとうございます、プロデューサー」
「うっうー、がんばった甲斐がありました!」
「何かあったのかい? ほんと、印象が凄く変わったように思えるんだけど……」
 プロデューサーが尋ねると、二人は見合わせて、にやっと笑った。
「「内緒です」」
プロデューサーは苦笑を浮かべる。
「おいおい、プロデューサーの俺にも内緒かい?」
「女の子同士、秘密なこともあるんです」
 そして、また二人は顔を見合わせて、にっこりと笑った。
 プロデューサーとして、自分の知らないところでなにがあったのか気になるところではあったけど、二人の笑顔は、これまでで一番だと思った。
「さあ、急いで本番の準備にかかろう。収録まですぐだぞ」
 プロデューサーは、筒状に丸めた紙を、自分の手にぽんぽんと叩きながら言った。
「「はい!」」
 千早とやよいは、手を取り合って、控室に向かった。それを見届けると、プロデューサーは、丸めた紙を開いて、そこに書かれたタイトルを見た。
「『My Best Friend』か。今の二人にピッタリの歌だな、うん」

- Fin -

あとがき


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