マリア様がみてる SS
ねこようび

 体育祭。祐巳はどういうわけか──いや、自業自得なんだけど──借り物競争に出場することになってしまっていた。
「頑張りましょうね、祐巳さん」
 なんて志摩子さんはにこにこしながら言うけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
 でも、いざ競技が始まれば。
 祐巳も志摩子さんも借り物の中身の入った封筒めがけて全力で走っていくのだ。

 祐巳は手にした封筒を開けて、中に入っていた紙を開いた。
 そこに書いてあったのは。





『ネコ』



「……ねこ?」
 猫。ねこ。ネコ。哺乳類食肉目ネコ科の哺乳類。体長50センチメートル内外。毛色は多様。指先にはしまい込むことのできるかぎ爪がある。足裏には肉球が発達し、音をたてずに歩く。夜行性で、瞳孔は円形から針状まで大きく変化する。本来は肉食性。舌は鋭い小突起でおおわれ、ザラザラしている。長いひげは感覚器官の一つ。ペルシャネコ・シャムネコ・ビルマネコなど品種が多い。古代エジプト以来神聖な動物とされる一方、魔性のものともされる。愛玩用・ネズミ駆除用として飼われる。古名、ねこま。英語で言うとcat。
 そりゃぁ、確かにこの中に猫の一匹や二匹、いるかもしれない。だけど、猫を捕まえるなんて、至難の業じゃないんだろうか。
「ランチでもいれば……」
 ランチとはリリアン女学園をねぐらとする野良猫の名前(現2年生限定)である。
 もちろん、こんな所にいるわけが無い。だいたい猫というのは人の多いところは嫌いなものだ。
「猫連れてきてる人とか……」
 祐巳は保護者席のほうをキョロキョロと見渡した。犬を連れてきている人は何人か見かけたが、あいにく、猫はいなさそうだ。
 その時、同じく客席をキョロキョロと見渡している志摩子さんが祐巳の視界に入った。
「志摩子さん……そうだ!」
 祐巳は、さっき由乃さんがつぶやいていたセリフを思い出していた。
「志摩子さん、来てっ!」
「え、え、ちょっと、祐巳さん?」
 状況がつかめてない志摩子さんの手をがっちり握って、祐巳はゴールめがけて走り出した。
「はぁっはぁっ………祐巳さん、借り物のお題、なんだったの?」
 さすが志摩子さん。自分が「借り物」になったことは分かったらしい。
 ゴールで待ち構えていた真美さんが、祐巳の側にやって来た。そういえば真美さんは体育祭実行委員だった。 真美さんは祐巳の持っていた紙を開いて、それから連れてこられた志摩子さんを見る。
「ねえ、祐巳さん。なんで『猫』で、志摩子さん連れてくるの?」
「え、あのね。さっき由乃さんが『志摩子さんって、縁側でひなたぼっこしている老猫みたい』って言ってたから……だめ?」
 かわいく首をかしげてみる。が、そんな技が通用するのはおそらく祥子さまだけであろう。
「だめです。やり直しっ」
「うー」
 しぶしぶと祐巳は、再び客席に向けて走り出そうとしたが。志摩子さんがその場所から動こうとしない。 志摩子さんも選手で、まだ借り物を見つけてないから探さなきゃいけないのに。
「あれ、どうしたの、志摩子さん。なんか顔色悪いよ」
 もしかしてどこか怪我でもしたのだろうか。いや、そうではないみたいだけど、何か小声で呟いている。
「大丈夫、志摩子さん?」
「由乃さん……よしのさん……」
「し、志摩子さん、しっかりして!」
「あぁっ、嫌っ、由乃さん、やめてっ」
 さっきの玉逃げの事を思い出してるのだろうか。そういえば怖かったとか言ってたような……。
「あんっ、そこはダメっ。やぁっ、あぁ……いいっ。くぅん、そんなことされたら私……んっ、も、もお……あぁっ!」
 小さく叫ぶと志摩子さんはその場に崩れ落ちた。全力でダッシュした後のように息を荒くしている。顔も赤いし、うっすら涙を浮かべた目がやけに艶かしかった。
「由乃さん……なにやったのよ」
「ナニじゃない?」
「真美さん、冷静にそういうボケをかまさないで……」
 藤堂志摩子(白薔薇さま)、リタイア。

「猫をお持ちの方いませんかーっ!?」
 声を張り上げながらグラウンドを駆ける祐巳。だが、その声に応える者はいない。時間が経つにつれ、焦りが広がっていく。 なにしろ可南子ちゃんとチームの得点で賭けをしているのだ。少しでも得点を稼いでおかないと……。
 その時、観客席から祐巳を呼ぶ声が聞こえた。
「祐ー巳ーちゃーん!」
 あぁ、この声は。
 間違いない。いつも私が苦しんでいるときに、そばにいてくれた人。不思議と私のピンチを察してくれる人。 今はもう卒業してしまったけど。大好きな先輩。
「聖さま!」
 祐巳は声のした方を振り返った。そこにいたのは。









猫耳を付けた聖さま。







 祐巳は、何も見なかったことにして、その場を去った。
 祐巳に無視されたショックで、そのままのポーズで固まる聖さま。背景にはもちろん「ガーン!」とか書いてある。
「……やっぱり、猫ハンドも持ってくるべきだったかなぁ」
「そんな訳ないでしょ」
 隣からすかさずツッコミを入れてきたのは、もちろん蓉子さまである。
「じゃぁ、あとは猫シッポも……」
 蓉子さまは、もはやツッコむ気力も失せて、しみじみとつぶやいた。
「あなた……よくリリアンに一般受験で入れたわね」
「なんで?」
 蓉子さまは、ただただ盛大なため息をつくことしかできなかった。

「ねこー、ねこー」
 祐巳は頑張って猫を探した。が、見つからない。
 いつのまにやら、祐巳は一年生の席の前にいた。
「祐巳さま、猫をお探しなんですか?」
「ぁ、さっきの……」
 お昼休みのフォークダンスで踊った子だ。私のファンだって言ってくれた子。
「あ、あの、祐巳さま!」
「な、なに?」
「わ、わたし、祐巳さまのネコになら、喜んでなります!!」
「へ?」
 猫ってあの、あなたは人間でしょ。と、さっき志摩子さんを猫扱いしたことはどこか高い棚の上に追いやって、祐巳はそう思った。
 そう思ってる隙に、その子は飛び掛かるように、祐巳に抱きついてきた。
「祐巳さまぁ」
「え、え、え?」
 猫撫で声をだす女の子。ああ、だから猫?
 ちなみに、祐巳はその方面にはあまり詳しくないので、「猫」と、特殊用語の「ネコ」の区別は付いていなかった。
 と、それを見た周囲の女の子たちが。
「あぁっ、ずるいっ!」「抜け駆けは禁止って言ったのに!」「あたしも祐巳さまのネコになるぅ」「きゃぁ、わたしもー」
 どうやら、「祐巳さまファンクラブ」の前で不用意な発言をしてしまったらしい。
「助けてー! お姉さまぁぁぁぁぁ」

 祐巳さまが1年の子たちに揉みくちゃにされている。
「まったく……しょうがありませんわね」
 1年生の無礼は1年生である私が償わなければならないだろう。そういう風に思いなおすと、瞳子は1年生の群れに飛び込んでいった。
「なにやってるのよ、あなたたち! 祐巳さまが困ってるでしょ!」
 そんなことを言いながら、次々と祐巳にまとわりつく1年生を引き剥がしていく。
「祐巳さま、大丈夫ですか?」
「ぁ、瞳子ちゃん。うん、なんとか……」
「さ、掴まってください」
 瞳子の差し出した手を、祐巳はがっちりと握った。それを確かめて、瞳子が祐巳の腕を引く。
「あれ?」
 反対側から引っ張られる力を祐巳も瞳子も感じた。まだ祐巳さまにまとわりつく生徒がいるのか──そう思って、顔を上げると……いた。
「……手を離しなさい、可南子さん」
「……瞳子さんこそ、その手を離したらいかがです?」
 瞳子と可南子が、祐巳を挟んでにらみ合っていた。身長差があるから、ちょうど祐巳の頭の真上あたりでバチバチと火花が散る。
「あ、あの……二人とも、わたしならもう大丈夫だから」
「さ、祐巳さま、行きましょう」
「祐巳さま、こちらへ」
 お互いに祐巳の腕を引っ張る二人。
「痛たたたたたた、ちょっ、ちょっとぉ」
「祐巳さまが痛がってますわよ。さっさと離したら?」
「可南子さんこそ離したらいかがです?」
 ……二人とも一歩も譲る気配がない。たしか、大岡裁きでは手を離したほうが本当の母親で……。 でも、本当にどっちも離さなかったら、その子はどうなっていたのだろう。
「おおっと、ただいま情報が入りました。 紅薔薇のつぼみを奪い合っているのは、先程の棒引きで棒を奪い合っていた赤組の1年生二人のようです!」
 うわぁ、なんて事を言うんだ、放送部。いい笑い物じゃない。
 痛みと恥ずかしさで真っ赤になる祐巳。 だが、両方の二人は放送など聞こえていないのか、まだまだ腕を引っ張る力をゆるめない。
 と、その時。
「キャッ」「あっ!」
 両側から小さな悲鳴が聞こえ、突然腕を引っ張る力が消えた。思わず尻餅を付いてしまう祐巳。
「あたた……」
 さっきの棒引きの展開を考えると、今のは乃梨子ちゃん?
「祐巳、立てる?」
 いや、違う。その声を聞き間違えるはずが無い。
 顔を上げ、声のした方を向く。
 そこにいたのは、紛れもなくお姉さま、小笠原祥子さまだった。その足元には瞳子ちゃんと可南子ちゃんがうずくまっている。
「は、はい」
 差し出されたお姉さまの手を取り、立ち上がる。と、同時にお姉さまは祐巳の手を引いて走り出した。
「あ、あの、お姉さま、どこに?」
「どこって……ゴールしか無いでしょ?」
「ゴールって、借り物の猫は……」
 お姉さまはそれに答えず、脇目もふらずにゴールを目指して走った。祐巳もお姉さまに遅れまいと必死に走る。
 ゴールっ。
 祐巳と祥子の体が、ゴールに張られたテープを切る。パァン!と空砲が鳴った。
「お疲れさま。で、借り物は?」
 再び、真美さんが祐巳と祥子さまのもとへやってくる。
「え、えっと……」
 だが、その問いに答えたのはお姉さまだった。
「祐巳が私のネコよ」
「あ、なるほど。それならOKです」
 なんでーっ!?
 そんな祐巳の心の叫びは届かず。こうして、祐巳は借り物競争で1位を取ったのだった。 この得点が後に大きな意味を持つことになるのだが、それはまぁ置いといて。

「あの、お姉さま……」
「なぁに、祐巳?」
「なんで私が猫なんですか? さっき1年の子たちもそんな事を言ってたんですけど」
「ふふふ……そうね。祐巳さえ良ければ今夜にでも教えてあげるわ……うふふふふふハァハァ
「あ、あの……お姉さま?」
 その時のお姉さまは──。なぜか顔が真っ赤になって、目は血走っていて、鼻息がやけに荒かった。
 その、なんというか……。ある意味、忘れられない顔だった。

「や、祐巳さん、お疲れさま」
「あ、蔦子さん」
 蔦子さんはいつものとおりカメラを構えながらトラックから戻ってきた祐巳を出迎えた。
「どうだった? 祥子さまと一緒にゴールした感想は」
 祐巳がその喜びを言葉と表情に乗せようとしたその時。不意に、さっきのお姉さまの顔を思い浮かべてしまったのだ。
 だから、祐巳は、たった一言こう言った。
「お姉さまが怖かった」
 ──と。

- fin -

あとがき


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