「ラッカ、悪い。買い物頼まれてくれる?」
レキにそう頼まれたのは、ある晴れた日のことだった。
「いいけど……もうすぐ夕方だよ?」
「晩飯の材料、ひとつ買い忘れててさぁ。私はちょっと手が放せないし、カナとかが帰ってくるの待ってるともっと遅くなるし」
「うん、いいよ」
「ありがと。街への道は分かるよね? あと店は、今、地図描くから」
レキの描いてくれた地図を片手に、街へ向かう。街に行くのはこれで三度目。一人で行くのは初めてだった。
街までは一本道だから大丈夫だったけど、街──中心の市街地は、ちょっと入り組んでいて分かりにくい。それに、ちょうど晩ごはんの買い物をしようとする人たちで、どの店もごった返していた。ちょっと大変だったけどなんとか買い物を済ませて、わたしは街を出た。
オールドホームへ続く道を、わたしは歩く。さっきまで、まだ少し明るかった空は、真っ赤な夕焼けになっていた。
オールドホームへ続く道を、わたしは歩く。周りに人の姿は無い。空は真っ赤な夕焼け。
ふと寂しく感じるのは、夕焼け空のせいだろうか。まるで世界にわたしひとりしかいないような。
足を止めて来た道を振り返る。街の喧騒も、もうここには届かない。
ここに来る前のわたしは、夕焼け空を見て何を思っていたんだろう。こんなふうに一人で夕焼けを眺めていたのだろうか。それとも誰かと一緒に。
「やっぱり……思い出せないか……」
ぶるっと体が震えた。気がつけばもう風が冷たい。
「もう行かなきゃ……」
そう思い、歩きだそうとして、もう一度だけ空を見上げてみる。
「あ……」
空に一つだけ、キラリと光るものを見つけた。
「一番星だ」
しばらくその星を眺める。一人で静かに輝く星。その星を見てると、なぜか、この事を誰かに話したくなった。
そうだ。わたしには、今、話せる人がいる。あそこには、わたしを待ってくれてる人がいるんだ──。
夕焼け空は徐々に暗くなり、星は一つ、また一つと増えて行く。もう寂しさは感じなかった。わたしには、話せる人がいるから。
オールドホームへ続く道を、わたしは歩く。少し早足で。
「あ……」
あたりはもう暗くなっていたけど。
オールドホームの窓のあかりが星のように夜空に輝いていた。
☆
その日の夜。晩ごはんを食べた後、わたしは一人、ベランダに立って空を見上げていた。もう陽は落ちて、空には星たちが瞬いていた。月は細く、その光は弱かったけど、その分たくさんの星が見えた。いつもは見える壁も、もう闇夜ににじんでその姿は分からない。かすかに虫たちの鳴き声だけが聞こえる。
「どうしたの、ラッカ? 空なんか見上げて?」
振り向くとレキがベランダに出てきていた。両手にコーヒーの入ったカップを持って。
「うん、星を見ていたの」
「星?」
そう言うとレキもベランダに出てきた。
「コーヒー飲む?」
「うん、ありがとう」
「夜はちょっと冷えるでしょ? あんまり外に出てると風邪ひくよ」
「うん。大丈夫だよ」
あったかいコーヒーもあるし。
少しだけコーヒーを口に含む。ちょっと熱かったけど、おいしかった。
「星を見るなら冬の方がおすすめだよ。空が澄んで、もっとたくさんの星が見えるからね」
「そうなんだ」
「もっとも、今よりずっと寒いけどね」
そう言うと、レキは空を見上げた。わたしももう一度、空を見上げる。
しばらく二人で黙って空を見上げていると、レキが話しだした。
「で……、なんで星なんか見てたの?」
「うん……。ここに来るまえの私も、こうやって星空を見てたのかなぁ、って思って……」
「…………なにか……思い出せた?」
「ううん。もともと、そんなに星とか詳しいわけじゃないし。星座とかもよくわかんないから、やっぱり分からなかった」
そう言って軽く笑う。でも、レキは笑ってくれなかった。
「……レキ?」
「ラッカ……やっぱり……まだ、帰りたいって、思う?」
帰りたい……どうなんだろう。そもそも、わたしはどこに帰りたいのか。
「うん……自分でも、よく分からないの。帰りたいと思っても、その帰るべき場所をわたしは知らないんだもん」
「…………」
「それにね。今はわたし、帰るところがあるって分かったから」
「帰るところ?」
「そう。ここが──オールドホームが、今のわたしの帰ってくるところ。ここは知らない街だけど……この場所は、なんだか懐かしい感じがするの」
「ラッカ…………」
「それにね、ここには……わたしを待ってくれる人がいるから。ただいま、って言える人がいるから。だから、大丈夫だよ」
「……そうだね。ここには、ネムも、ヒカリも、カナも、クウもいる。みんな、大事な仲間だよ」
「レキもね」
レキは、ちょっとだけ目を見開くと、すぐに視線をそらした。そして、小さな声で
「ありがと」
って言ってくれた。ちょっと……ううん、けっこう照れくさいけど、嬉しかった。レキも照れくさかったんだと思う。
「さ、もう中に入ろうよ。これ以上いると風邪引いちゃう」
「うん」
差し出されたレキの手を取って、わたしとレキは部屋の中に戻った。
「じゃあ、おやすみ、ラッカ」
「おやすみ、レキ」
パタン、と静かな音を立ててゲストルームの扉が閉じられた。
わたしの──わたしたちの一日が終わる。
☆
次の日、わたしはまた夕方に買い物に出かけた。
帰り道、夕焼け空を眺めながらオールドホームへの道を歩く。
昨日と同じ真っ赤な夕焼け空だけど、もう寂しさは感じなかった。
「あっ」
一番星だ。
昨日と同じ一番星。ふと、その星の方角に、オールドホームがある事に気がついた。
まるでわたしを導いてくれているみたい。そんな事を考えながらオールドホームへの道を歩く。
「ただいまっ!」
オールドホーム。ここがわたしの帰ってくるところ。ここにいるのがわたしの新しい家族──。
- fin -