カレイドスター SS
Over the sky

「ねえ、ねえ、そら」
「ん? なに、ミア?」
 夜の寮の食堂でミアがそらに声をかけたのは、そらが食事を終えて部屋に戻ろうとしていた時の事だった。
「そら、って、日本語でどう書くの?」
「え?」
「ほら。日本ってあるでしょ、あの、なんだっけ、kenjiとか言う奴」
「……kenjiじゃ無くて、kanji、ね。漢字」
「そうそう! それよそれ。それで『そら』ってどう書くの?」
「えっと……どうしたの? 急に」
「いや、昨日やってたテレビで日本特集やってて、それで何となく……」
「へぇ、そんなのやってたんだ」
「いっつもそら、サインするとき、『sora』って書いてるじゃない? でも、漢字でどうやって書くのか知りたくなっちゃって」
「えっとね……私の名前は、ひらがなで『そら』だから、漢字は無いんだ」
「ひらがな?」
「日本語にはね、漢字の他に、かな文字ってのがあるんだ」
「むむむむむむむ……?」
 ミアはまだ納得できないといった顔つきで、唸っていた。食堂に通じる通路のど真ん中で首をひねって唸っている少女。傍から見ると、けっこう変な人である。
「あ、あのさ、よかったらわたしの部屋来ない? もう少し詳しく教えてあげるから」
 さすがに周りの目が気になったそらが、そう提案した。
「ホント!? うん、いくいく。で、教えて教えて」
「わ、分かったから……」
 大喜びするミアに、苦笑いする他ないそら。もっとも、そらはミアのこういう性格が嫌いではなかったが。

「おっじゃましまーす」
「あ、ごめん、ちょっと待ってて」
 そう言うと、そらはものすごい勢いで部屋の中に入って、ドタバタしはじめた。
「部屋、片づいてなかったのかな? ちょっと珍しい……」
 もちろん、変なステージの精とやらが悪さをしないようにとのそらの配慮であるが、それを見れないミアには知るよしも無い。
「おまたせー」
「なに、そら。部屋、片づいてなかったの?」
「う、うん。まぁ、そんなとこ。あはははははは……」
 白々しい笑いがちょっとちょっと気になったが、プライベートなことまで詮索するつもりはミアには無かったので、その話題はそれっきりにした。それより重要な話題があるわけだし。
「で、漢字だと、どう書くの?」
「えっとね、さっきも言ったけど、わたしの名前、ひらがなだけなんだ」
 そう言うと、そらは近くにあった紙に、ペンでなにやら書いた。
「はい、これで、『そら』。こっちが『そ』で、こっちが『ら』」
 ミアはしばらくその紙を睨みつけると、
「なに、このミミズののたくったようなの?」
 そう言った。
「ミミズって……そりゃ、確かにわたし、そんなに字は綺麗じゃないけどさぁ……」
「え? 字なの、これ?」
「そうだよー。ひらがな、って言ってね。日本語の文字のひとつ」
「え? 日本語って、漢字じゃないの?」
「漢字も使うけどね。その他に、ひらがなと、カタカナってのがあるんだ。その3種類を組み合わせて使うの」
「げぇ〜、まじ? そんなの覚えられるの?」
「小さい頃からそれで育ってるからね。あ、でも漢字覚えるの苦手だった」
 あははは、と照れ笑いするそら。それを見て、少し安心するミアだった。
「ふぅん、これで、『そら』って読むのか」
 ミアは先程の紙をもう一度見ながら、しみじみと言った。
「そら、ってね。英語だと『sky』の意味なんだ」
「え? 意味って」
 ミアがきょとんとした顔で問い返す。
「お父さんとお母さんがね。『あの空のように、大きな人間になってほしい』って、『そら』って名付けたんだって」
「え、え、ちょっと待って。日本人って、そんなこと考えながら名前付けるの?」
「んー、人にもよると思うけど」
「だって、普通、名前に他の意味なんて無いわよ。ミアは私以外の何者でもないわ」
「あ、こっちの人ってそうみたいね。でもね、日本人は、やっぱり自分の子供の名前に、なんか意味を持たせる人が多いと思うよ。ほら、わたしの妹の名前、覚えてる?」
「ユメ、でしょ?」
「そう。あれはね、『Dream』って意味なんだ」
「……その名前って、付けたのそらだったわよね」
「うん。夢を持って、大きく羽ばたいてほしい。そんな願いを込めたつもり」
「名前に、願いを込める、か……」
 ミアはなにか思うところがあるのか、しばらく黙り込んでいた。
「やっぱりいろいろ違うのね〜。私の知り合いには『sky』なんて人はいなかったわ」
「わたしだって、ほかに『そら』って名前の人、見た事ないもの」
「ふうん……」
 そして、ミアは再び黙り込んだ。
「ねえ、どうしたの? さっきから考え込んじゃって」
「えーとね……なんか、こう、お話が浮かびそうなのよ。でも、それが固まってくれないでもやもやしていて……。あーっ、もうっ!」
 ダン! とミアが床を叩いた。
「と、とりあえずさ、少し気分転換でもしたほうが……」
「あ、あぁ、ごめん、つい……」
 何気なく時計を見ると、針はすでに9時を過ぎていた。
「じゃぁ、私、そろそろ戻るね。いろいろ教えてもらって、ありがと」
「ううん。あれくらいならいつでも歓迎よ」
 入り口のドアを開けて、部屋の外に出ると、ミアは空を見上げた。
「残念。今日は曇ってるわ」
 と、それを聞いたそらが、クスっと笑った。
「なぁに、そら。曇り空がそんなに嬉しいの?」
「ううん、違う違う。ちょっと思い出しちゃって。わたしが子供の頃ね、トランポリンを始めた頃。お父さんがね、『どこまで高く飛ぶつもりなんだ?』って訊いたことがあったの。それでね、わたし『おほしさままで!』って答えたんだ」
「あははっ、かわいらしいな〜」
「でも、その時も今日みたいに曇っててね。『でも、空は雲に隠れちゃってるぞ』って言うから。だからね、『お空の向こうまで飛べばいいんだよ!』って言ったんだ」
「空の向こう……」
「あははは、まぁ、子供の言うことだから」
「うんっ、それよ!」
「へっ?」
「ありがとう。いいアイデアが思いついたの!」
「え? って、ちょっと、ミア?」
 そらが呼び止める声も聞かず、ミアは自分の部屋に向けて走り出していた。

 走りながらミアは考えていた。
「そらは……気づいてるのかな。自分が、お星さまのすぐそばにいるってことに」
 そう。空の向こうには、スターが待っているのに。
「でも、そのためには……そらは、そらを越えなくちゃ」
 それができるのはそら自身だけど。私にも、手伝うことはできるはず。だから、今から作るこのお話は。そらのための、そら自身の物語。

 数日後。
「みんなー! 見て見て! 新作の台本できたの!」
 ミアが持ってきた台本の表紙には。
「Over The Sky」というタイトルが大きく書かれていた。

- fin -

あとがき


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