ちっちゃな雪使いシュガー SS
Snow Again

第3話

 列車の窓から見ると、外は一面の雪景色だった。空はよく晴れていて、雪に反射する日光がまぶしい。
 何年ぶりだろう。ミューレンブルグに帰ってくるのは。
 列車はゆっくりと駅に滑り込む。列車を降りて、改札を出て、待っているはずの友人を探す。彼女と会うのも久しぶりだ。
「サガさ〜ん!」
 正面から私を呼ぶ声が聞こえた。見ると、ベビーカーを押しながらこちらに向かって歩いてくる彼女の姿が見えた。
「グレタ! ひさしぶり〜! 元気だった?」
「ええ。サガさんこそ。ほんと、ひさしぶりよね」
「わぁ、かわいい〜。この子がヘルガね〜」
 私はベビーカーの中を覗き込んだ。大きな目がこちらをじっと見ている。グレタの一人娘。送られてきた写真は見たけど、本物に会うのはこれがもちろん初めてだ。
「ほ〜ら、ヘルガ、サガおばちゃんに挨拶しようね〜」
「……おばちゃん、って……」
「だって、ママと同い年ですものね〜。おねえちゃん、ってのは無理がない?」
「……それ、自分も“おばちゃん”って認めてるの、分かってる? グレタ?」
 あ、硬直した。
「お、おーっほっほほ! わたくしたち、まだ若いわよね、サガさん!」
「はいはい。そういうことにしとこうね」
 実際、グレタは一児の母とは思えない若々しさなんだけど。
(というか、昔とあんまり変わってない……?)
「サガさん、今、何考えてましたの?」
「ううん、なんでもないなんでもない!」
「ふぅん……? ま、いいわ。立ち話もなんだし、どう? リトル・ミィにでも行かない?」
「えっ!? まだやってるの?」
「ええ。マスターも元気よ。顔、見せたら?」
「うん。行こっ!」

 チリンチリン。ドアにつけられた鈴が軽やかな音を立てる。昔、私がバイトしていたコーヒー屋だ。中学のころには友達たちのたまり場になってたっけ。
 店内は、テーブルや椅子が少し替わっていたけど、あのころと同じ雰囲気のままだった。ちょっと雑然としてるけど綺麗に掃除されていて。そして漂ってくるコーヒーの香り。
「いらっしゃい。あぁ、グレタかい。っとそちらは……」
「お久しぶりです。ルキーノさん」
「って……サガかい!? 大きくなったなぁ……」
「嘘ばっかり。私、中学で背、止まっちゃったもん」
 おかげで子ども扱いはしょっちゅう。今だってグレタに身長、負けてるし。
「わはは。サガの事は小学生の頃から知ってるからなぁ。つい」
 平日の昼間という時間のせいか、店内には私たちの他には客はいなかった。
「それにしても、いつ戻ってきたんだい?」
「ほんと、ついさっきよ。グレタにつれてこられたの」
「あ、マスター、カプチーノを。サガさんは?」
「じゃぁ、私はブレンド、お願いしまーす」
「はいよ〜」
 陽気な声で答えると、ルキーノさんはカウンターの中に入っていった。
「それにしても、偶然よね。配属先がここになるなんて」
「うん。たまたまここで音楽教師の欠員が出たからね……。物はためしって感じで応募したら、受かっちゃった」
「ふふふっ。それにしても、サガさんが先生かぁ。なんか似合ってますわ」
「ありがと。でも、うまくできるかなぁ。まだちょっと不安だなぁ」
「大丈夫よ。サガさん、昔っから面倒見、よかったじゃない」
「おっ、サガは先生なのかい?」
「あ、ありがとうございます。ルキーノさん。ええ、春から中学校の音楽教師をやるんです」
「はい、カプチーノとブレンド。そうか……確かにお似合いかもなぁ」
「もう……ルキーノさんまで……」
「ハハハ。ごゆっくり」
ルキーノさんはまたカウンターへ戻っていった。
「でも、やっぱりちょっと意外でしたわ」
「え? なにが?」
「サガさんがピアニストをあきらめたこと」
「……それは……。うん。ピアニスト目指してこの街を出たのにね」
「あ、べ、別に責めてるとかそういうんじゃなくてよ!?」
「あはは……分かってるよぉ。でも、あの頃は、ほんとに本気だったんだ。それだけは……分かってほしい」
「分かってるわよ、そんなこと。自分の住んでる街離れてまで、目指したことなんだから」
「ありがとう。まぁ、一言で言うと……挫折、しちゃったんだよね」
「サガさん……」
「私よりうまい人はたくさんいたし、なにより、このまま『好き』なだけで、続けられるのか、って考えちゃって……。少し、自信、無くしちゃって」
「………………」
「ヴィンセントさんも、あんな気持ちだったのかなぁ?」
「ヴィンセントさん?」
「ほら。昔、この街にきた劇団の。クマの人」
「ああ。でもなんで?」
「あの人も、昔、ピアニストだったんだって。でも、辞めて、ああやって劇団でピアノを弾いている……。その事を思い出してね。無理にピアニストを目指すことは無いんじゃないか、って思ったの」
「それで、音楽の先生を?」
「うん。ピアノからは離れたくなかったのは本当だし……。で、周りの人からも薦められて。だから、あきらめた、ってのとはちょっと違うんだ」
「……そうね。そのほうが良かったのかもね」
「それは……わからないよ」
「え?」
「やっぱり、今でも、ピアニストを目指すべきだったのか、って思うもの。結局逃げただけじゃないか、って……。でもね。自分で決めた道だから、それを精一杯やってみるつもり」
「サガさん…………」
「それよりさ。グレタのほうこそどうなのよ? 旦那さんとはうまくやってるの?」
「え?え? べ、別に……いつもどおりよ。帰りは遅いし、不精だし、ほんと、やんなっちゃう」
「うふふ……幸せなんだ」
「な゛、なにを!?」
「はいはい。ごちそうさま」
 そのとき、ヘルガが声を上げた。
「ぁあー」
「あら、ヘルガ、どうしたの?」
 ヘルガは窓の方をみて、椅子の上で手足をばたつかせていた。
「あ、雪」
「降り出してしまいましたわね……。ひどくならないうちに出たほうがいいんじゃない?」
「うん。そうする」
 お勘定を済ませ、店の外に出る。空にはいつのまにか薄く雲がかかり、白いものが舞い降りていた。
「ぁあー、ぁあー」
 ヘルガがまた声を上げた。やっぱり手足をばたつかせている。まるで、何かをつかもうとしているかのように。
「あらあら。どうしたの、ヘルガ?」
 私はヘルガの方を見て、もう一度、空を見上げた。手を伸ばすと、柔らかな欠片が手のひらに落ちて、消えた。
「……この子には、見えているのかもね」
「見えているって、なにが?」
 くるりと回ってグレタとヘルガのほうに向き直る。
「季節使いが、さ」
「季節使い?」
「そう。昔、話したの、おぼえてない?」
「覚えてますわよ……そうね……。見えてると……いいわね」
 二人でヘルガの方を見て、それから空を見上げる。雪は、私たちを包むように、優しく、降り注いでいた。

- fin -

あとがき


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