ガンパレード・マーチSS
芝村杯争奪戦

その2

 翌日。空には雲ひとつ無く、穏やかな日差しは生ける物すべてに活力を与えている。この様子ならば今日は幻獣も出ないだろう。絶好の勝負日和だった。
「あー、あー、マイクテス、マイクテスー。えー、では、ただいまより、第1回、芝村杯衛生官争奪戦を開催します! 実況はこの、加藤祭が担当するでー! そして、解説は」
「ども、速水です……なんで僕なの?」
「いやー、最初瀬戸口君に頼もうかと思ってたんやけどな。なんか落ち込んでて頼みづらくてな〜」
「はぁ……」
 プレハブ校舎の前には、指揮車が停めてあり、加藤と速水はその屋根の上にいた。その周りには5121のメンバーが出揃って、この勝負に挑む二人──石津とヨーコ──を応援している。
「よーし、俺は石津に賭けるぜ!」
「ならワシはヨーコさんばい」
 ……応援だけと言うわけではなさそうだった。
 そして、当事者である石津とヨーコは、尚敬高校校庭の真ん中で準備が出来るのを待っている。
 そんな様子をプレハブ校舎2階から見下ろしながら、舞はつぶやいた。
「……まったく、従兄弟殿め。なにを考えておるのだ……」
「まさかこんな大事になるとは思ってなかったんじゃないですか?」
「……森か。どうした?」
「なんていうか……ああいうお祭り騒ぎは苦手で」
「あいかわらずだな。そう難しく考えることは無い。せっかくだから楽しんできたらどうだ」
「……そういう芝村さんはどうしてこんな所に?」
「私か……私は……。そう、悔しいのだ」
「悔しい?」
「そうだ。由緒ある芝村の伝統にのっとった勝負が、なぜこんな地味なのだ!」
「地味……ですか?」
「そうだ。花火も上がらなければ前座の余興も無い。観客は我らの小隊のみ! あげく酒も無いと来ている! これを地味と言わずして何と言う!」
「は、はぁ……」
「せめてダフ屋ぐらいは出て欲しかったものだ……」
 芝村的常識の奥の深さを垣間見た森であった。
「それでは、第1の勝負、いきまひょかー!」
 加藤のアナウンスが響き渡る。
「第一の勝負は……これや!」
 加藤が指揮車の上から長い紙を垂らす。そこには“洗濯”と書かれていた。
「……洗濯?」
「そや。衛生官やからな〜。洗濯は必須やろ。というわけで、まず洗濯物を用意しました。」
 加藤のアナウンスと同時に、来須と若宮がどこかからタライいっぱいの洗濯物を運んできた。なぜか二人ともガスマスクをしている。
「はい、ごくろーさん! しかし、すごい匂いやな〜。3mくらい離れとるのにここまで漂ってくるわ〜」
「こんな危険物、どこから調達したの?」
 速水が素朴な疑問を発する。いくらなんでもこの匂いは尋常ではない。まるで何日も履き続けた靴下のような匂いだ。
「なぁに。ちょっと準竜師に『お・ね・が・い』したらな〜。教室の黒板の後ろに洗濯物が隠されてるなんてホンマ、びっくりやで〜」
(どんなお願いしたんだろう……)
 速水の顔がちょっと青ざめた。と同時に、校舎の隅の方から絶望的な叫び声が聞こえた。
「あああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜、俺の靴下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!」

中村は失意状態になった。

「みおちゃん、いまさけびごえがきこえたけどなんですか?」
「気にしなくていいんですよ、ののみさん」
「ふーん」
「さて、お二人には今からこれの洗濯にかかってもらいます。制限時間は1時間。まずは量。それから質が問われるで。なお、水道は校舎脇にあるのを使ってや。では、よーい、ドン!」
 加藤の合図と同時に走り出す石津とヨーコ。
「石津さんが向かったのは整備員詰め所だっ」
 そして、すぐに部屋から出てくる。手には、洗濯洗剤を持っていた。
「さすが現役衛生官! 洗濯洗剤の位置は百も承知だぁっ!」
「ヨーコさんはどこに行ったのかな?」
「あれ? ほんまや。どこ行ったんやろ?」
 プレハブ校舎前の広場には彼女の姿は見当たらなかった。
「たわけが。あれを見るがよい、加藤」
「えっ?」
 舞の指した方向は、尚敬高校の渡り廊下だった。たしかに人影が見える。
「あれ、ヨーコはん? でもなにか大きいもん持ってるようやけど……」
 すぐにヨーコがその姿を現した。……洗濯機を抱えて。
「おおおっ、ヨーコはん、洗濯機だっ! 洗濯機を調達してきたァっ! 事務官のウチもびっくりや!」
「尚敬高校ノ洗濯室かラ、黙っテ借りて来まシタ!」
「……それ、強奪って言わない?」
「何言ってんだよ! 勝負だぜ! 勝った者が勝ちなのよ!」
「良い事を言うな、田代」
「あったりまえだぜ」
 なにか勝負について意気投合している舞と田代。そしてため息をつく速水。
「だがこの作戦には重大な欠陥がある」
 いつのまにか速水の隣には茜が立っていた。
「欠陥って?」
「見ていれば分かるさ」
「おおっと、そうこうしてるうちにヨーコはん、洗濯機を校庭まで持ってきて、そこに洗濯物を投げ込んだっ! そしてホースで水を注いでいく!」
 水を注ぎ終わり、さぁこれから、という所でヨーコの動きが止まった。
「おおっと、どうした! ヨーコはん?」
「……大変なのデス。コンセント、ありませんデス……」
 本人と茜を除く全員がこけた。
「そういうことだ。この校庭に電源設備は無い」
 茜君、自信たっぷりだ。
 一方。
 石津はマイペースで洗濯をしていた。使っているのはタライと自分の手だけである。
「おおっ、その間に石津さんは確実に洗濯を進めてる!」
「でも、このペースじゃ1時間で終わりそうもないような……」
「せやなー。なんか途端に地味になってしもた……」
 っていうか、最初っから地味な気もする。
 と、しばらくして、石津が立ち上がった。
「おっと、どうした? 石津さん、立ち上がって歩き出した。試合放棄か?」
 黙って歩き出す石津。その石津の前で道を作るように二つに割れるギャラリー。と、石津の足が壬生屋の前で止まった。
「壬生屋さん……」
「な、なんですか?」
「1番機……借りるわ……」
 そうつぶやくと、石津はハンガーに向かって走っていった。
「え????」
 狐につままれたような顔をする壬生屋。
「1番機って……まさか!?」
「まさかって、どうしたん? 速水く……おわぁっ!」
 ハンガーから音が響いた。人口筋肉のきしむ音。その足が地面を踏みしめる音。整備用のコードがちぎれ、地面に垂れ下がる。
「士魂号……1番機重装型……」
 鎧を身にまとったかのような“現代のサムライ”がその姿を現した。
「危ないわ……どいて……」
 ゆっくりと歩を進める士魂号。
「なに、あれ!? 萌りん乗ってるの!?」
 新井木の叫び声がかすかに響いた。
「そんな! だって、石津さん戦車技能は持ってなかったはずじゃ……?」
「善行! どーゆーことよ? 説明しなさい!」
「どういうことと言われましても……私も初耳ですよ」
「あ、あの……実は」
「どうしました? 速水君」
「昨日、訓練に付き合ったときに覚えちゃったみたいで……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……そういえば、今朝はHRがありませんでしたからね……」
 おかげで、士魂徽章の授与も無く、石津が戦車技能を取ったことに誰も気づいていなかったらしい。
「厚志!」
「は、はい!」
 速水が振り向くと、そこには舞が腕を組んだいつものポーズで立っていた。ただ、目の光が違っている。
「なるほど……昨日、機体整備に来なかったのはそういうわけか……」
 舞、理由がわかって爽やか笑顔。もちろん目は笑っていない。
「話がある。いっしょに来い」
大声・怒りMAX。
「……ぼ、ぼくもがんばらないとね」
 速水が震えながら答えるや否や、舞は速水の腕をつかんで、何処かにテレポートした。
「速水君……生きて帰ってきてくださいね」
 ため息混じりにつぶやく善行だった。
 そうこうしているうちに、萌の操る士魂号は、洗濯物の入ったタライの前までたどり着いた。そして、しゃがみこみ、タライまで手を伸ばす。
「な、何をする気なんや……?」
 士魂号は、人差し指を伸ばし、タライにその指を沈めた。
「……いくわ」
 そして、その指をタライの中でぐるぐると回し始めた。
「こ、これは……士魂号洗濯機や!」
 士魂号洗濯機! それは、士魂号の指でタライの中の水をかき回すことにより、洗濯機の代わりをさせるというものである。古代中国においては、力自慢の男たち数人が丸太で水をかき回していたと言う。その現代版と言ったところであろう(民明書房刊 「中国の生活風景」より)。
「……なんか、すごく間抜けな風景ね」
 何しろ、全長9mの巨人が、直径1mほどのタライの中で指を回しているのだ。
「原先輩、いいんですか、士魂号、こんな使い方して」
「いいえ! あれこそ士魂号が士魂号たる所以なのです!」
「さ、坂上先生! いつそこに!」
「よいですか、他のどんな兵器にあのような真似ができると思いますか? 士魂号の強さの理由を思い出してください。戦術です。人と同じ、いや、それ以上の戦術を駆使できるからこそ士魂号は強いのです!」
「……行きましょう、森さん」
「……そうですね」
 坂上的演説が長くなることは百も承知だったので、二人はさっさと逃げ出した。
「見た目はマヌケやけど、石津さん、ナイスアイデア! さっきとは比べ物にならないスピードで洗濯をしているっ!」
 だが、その時は石津が昨日戦車技能を取ったばかりと言うことを、誰もが忘れていた。石津本人でさえも。
「……ぁ」
 士魂号の指がタライの縁にぶつかった。思わず指を引き上げようとする石津。だが、その指にタライが引っかかった。
 次の瞬間、タライは高速の弾丸と化して、プレハブ校舎に激突した。こなごなに砕けるタライ。ぶちやぶられた壁。割れる窓ガラス。
「うわぁっ!!!」「キャァっ!!!」「おわぁっ!」
 次々に上がる悲鳴。
「……しっぱい」
「失敗、じゃねぇよ! こ、殺す気かぁッ!?」
 直撃現場のそばにいた滝川が怒鳴る。
「本当に……失敗……。殺すなら……もっとよく……狙う……」
 滝川の顔が青ざめた。
「ところで加藤さん、そろそろ1時間経つんじゃないですか?」
「え? えっ? あ、あぁ、そうやな。いつのまにか1時間経っとるわ」
 さすがは善行司令。こんなときでも冷静だ。
「で、この勝負はどちらの勝ちなの?」
「どうなるんやろなぁ……結局、どっちもまともに洗濯できてへんし」
「じゃ、引き分け?」
「せやな。それでええ? 司令?」
「私に聞かないでくださいよ……。反対意見がなければそうせざるを得ないんじゃないんですか?」
「んじゃ、この勝負、引き分け、ってことで。2回戦以降もがんばってや」

「じゃぁ、今回のは次の勝負に繰越ね」
「ちぇっ。まぁしょうがねえか。損するよりましだな」
「まてよ、新井木、田代。繰越はなさそうだ」
「なんでさ、狩谷くん」
「これを見ろよ」
 狩谷が差し出した紙には、小さな字で申し訳なさそうに「引き分け」と書いてあった。
「うっそー、こんなのアリ?」
「確かに、“引き分け無し”とは言ってませんでしたね」
「……細かいなぁ、遠坂くん。で、誰のなの?」
 新井木は紙を裏返す。そこには、「田辺真紀」と書いてあった。
「わぉ! マッキー、すごいじゃん!」
「え、あ、あの、わたし、二人ともがんばって欲しいかな、って思っただけで、それで、その」
「すごいよ、マッキー。一人勝ち! こんど一緒に競馬でも行かない?」
「学生は馬券買っちゃいけないのよ、新井木さん」
 原が笑顔でたしなめる。
「はいはい。ま、とりあえず第1回戦はマッキーの一人勝ち! 次はボクが取るからね!」
「あ、は、はい。がんばってくださいね」
 と田辺が頭を下げたとき──はい、お約束のアレです。
「壊れたタライの補充、できたわね……」
「だ、大丈夫……? マッキー?」
「ええ、大丈夫ですよ……。眼鏡割れちゃいましたけど」
「うわ……粉々。眼鏡って、結構高いんでしょ?」
 田辺はしばらくうつむいていたが、突然、顔を上げて、こう言った。
「決めました。この勝負で私も勝って、眼鏡の修理代を入手します!」
「ま、マッキー?」
「笑いますか? 私はこの瞬間からギャンブルの女王を名乗るんですけど?」
 田辺、覚醒。

- to be continued -

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