アイドルマスター SS
the sweet present

 今日は、2月25日。765プロ所属のアイドル、如月千早の誕生日だ。
 もちろん、誕生日だからといって、自分の周りで何か変わったことが起きるわけでもない。それでも、千早は、いつもより少し軽い足どりで、事務所に向かっていた。
「おはようございまキャッ!!」
 いつものように事務所のドアを開ける。その瞬間、ドアの向こうから何かが爆発するような音がいくつも鳴り響いた。
 何が起きたのか理解できなかった千早は、無意識に、頭の上で手を抱えてしゃがみこんだ。1秒、2秒、3秒。たったそれだけの時間が酷く長く感じられる。
 だが、最初の音の後は、爆風も、熱気も、何もやってこない。代わりに、やわらかい物が手や頭の上に降り注いできたのを感じた。
 恐る恐る、目を開けてみると、それは紙吹雪だった。
 何があったのかと顔を上げると、目の前には、手に小さな円錐状の紙筒──クラッカーだ──を持った、765プロ所属のアイドルたちが、噴き出すのをこらえた表情で立っている。
 つまり、これは。
「や、やあ、如月くん。誕生日、お、おめでとう……」
 皆を代表して、社長が千早に声を掛けた。その声には、威厳のような物はまったく無く、笑うのをこらえるのに苦労しているのがありありと感じられた。
 状況を飲み込んだ千早は、すっくと立ち上がる。スレンダーな体躯にきりっとした動作は、ステージの上ではとても映えるのだけれど、今の千早は顔を茹蛸のように真っ赤に染めて、普段のクールな印象は微塵も感じられなかった。
 その様子を見て、とうとう双海姉妹がこらえられずに笑い出した。
「きゃはははは、千早おねー(c)、サイコウ! テラモエスゥゥゥゥゥ!!」
「ダメだよ、亜美、笑っちゃだめ、だってば」
 二人とも、文字通りお腹を抱えて笑っている。それが起爆剤となり、765プロのフロア全体に笑い声が響き渡った。
「ち、千早ちゃん、驚きすぎ!」
「千早ってば、い、意外と怖がりなんだね」
「いやー、珍しいもの見たわー」
「にひひっ、千早の弱点みーつけっ!」
「あらあら〜」
「うっうー、何だか楽しいです!」
 千早は顔を真っ赤にしたまま全員をにらみつけていたが、すぐに背を向けて、
「帰ります」
と宣言した。
「あ、だめですよー、千早ちゃん。せっかく誕生パーティー、みんなが開いてくれてるんですから」
 歩き出そうとした千早の手を引っ張って止めたのは、事務員の音無小鳥だった。
「だったら、事前に一言、声を掛けてくれればよかったじゃないですか!?」
 小鳥を問い詰める千早の顔は、まだ赤いままだ。
「せっかくだから、サプライズでやろう、って、春香ちゃんが……あっ」
 小鳥は話の途中で口をつぐんだ。どうやら、内緒にしておくべき事だったらしい。
「は〜る〜か〜?」
 千早が春香を睨むと、春香は、あからさまに視線をそらした。
「えーっと、なんのことでしょうー?」
「そうやって、誤魔化すのやめなさい」
 千早は、春香のそばに近寄ると、おもむろに頭の両脇に拳を当て、ぐりぐりと押し付けた。
「痛い、痛いいたい、千早ちゃん!」
「千早、そのくらいで許してあげて。春香だって、こんな事になるとは思ってなかったんだから」
 ようやく落ち着いた律子が、千早の肩を叩きながら諭す。
「まあ、そうでしょうけど……」
 律子の言葉に従い、千早は春香の頭から手を離した。
「さあさあ、ちょっとびっくりだったけど〜、千早ちゃんのお誕生パーティー、始めましょう」
 ぱんぱん、と手を叩きながら、あずさが全員に声を掛ける。千早は仕方ないといった顔つきで、あずさのいるフロアの中心のほうへと向かった。皆もそれについて行く。
「まったく……雪歩じゃないけど、穴でも掘って埋まりたい気分だわ……」
「スコップいる? 千早ちゃん」
「いりません!」
「ひゃうっ、す、すみませんすみません〜」
 雪歩の冗談にまで、つい当たってしまう。まだ先程の出来事は強く尾を引いているようだった。
「はいはい、これで機嫌なおして、千早ちゃん」
 春香が側に置いてあった袋から取り出したのは、大きなケーキだった。
「おおー」「すごいすごい」「さっすがはるるん」
 周りから感嘆の声が挙がる。
「これ、春香が作ったの?」
「もっちろん。千早ちゃんの誕生日ということで、腕によりをかけて作りました!」
 春香は時々、手作りのお菓子を持ってくることがあったが、それまでと比べても、今回のケーキは気合いの入った力作のようだった。
「じゃあ、そっちの机に置くね……って、あ、わ、わああっ!」
 春香がケーキを机に置こうとして歩き出した瞬間。春香の足がもつれた。
 どんがらがっしゃーん!
 派手な音を立てて、春香は見事にすっ転んだ。
「大丈夫? 春香!」
 千早は、慌てて春香の元に駆け寄った。
「あ、うん。大丈夫、だいじょうぶ。いつものことだから……あ」
 春香の視線が、床の一点に注がれた。
 千早がその視線の先を追うと。そこには、投げ出されてぐちゃりと潰れた、ケーキだった物があった。
「あ……」
 誰もが言葉を出せずに押し黙る。
 どれくらいそうしていたのだろう。気が付けば、春香は床にへたり込んだまま、涙を流していた。
「春香……」
「ご、ごめんね。千早ちゃん。せっかく、お祝い、したかったのに。ぐすっ。私ってば、ドジだから。こんなになっちゃって。なんで、いっつも、こうなんだろ。大事なときに、限って、えぐっ」
 こういう時、なんと声をかければ良いのだろう。考えようとすればするほど頭の中がまとまらなくなる。
 ふと、千早の視界の片隅に、床に落ちて潰れたケーキが入りこんだ。
 千早は何の迷いも無く、そのケーキに腕を伸ばし、床に触れていない部分を指で摘まみとった。
 そのまま、パクリと口の中に入れる。
「千早ちゃん?」
 春香が、驚いた顔で千早を見た。
 千早は、口に入れたケーキを何度か噛むと、そのまま飲み込んだ。
「美味しいわ。さすがね、春香のケーキ」
「…………」
「程よい甘さで、スポンジの固さもちょうどいい。私のためにこんな素敵なケーキを作ってくれるなんて……凄く、嬉しい」
「千早ちゃん……」
 再び、春香の頬を涙が流れる。だけど、その表情は、決して悲しみに塗り固められたものではなかった。
「あら、春香。頬にクリームが付いてる」
 転んだ拍子に付いたのだろうか。春香の左頬には白いクリームが少しだけ付いていた。
「え、どこ?」
「動かないで。取ってあげる」
 千早はそう言うと、春香の頬に、そっと自分の唇を押し当てた。
「!!」
 ちゅっ、と小さな音を立てて、千早の唇が離れる。
「少し……しょっぱいわね」
「え、え、ぇ……」
 春香の頬が、見る見るうちに赤く染まっていく。
「ち、千早ちゃん……」
「なに? 春香」
「そ、その……みんな、見てる……」
 千早が振り返ると。二人の姿を凝視しているの765プロ全員の姿があった。
「え、えーと、これは、その……」
 千早の小さな声をきっかけに、その全員から冷やかしが飛び出した。
「ヒューヒュー!」
「な、なんだか暑いね……」
「うわ、さっすが〜。やる〜」
「す、スキャンダる?」
「あらあら〜」
 千早は腕と頭を大きく振りながら、
「ち、違うんです! これは、その……」
と、必死の弁解をするが、冷やかしは止まらない。
「さ、みんな、私たちはお邪魔みたいだから、外に出ましょうね」
 そして、小鳥の先導で、千早と春香を除く全員は、フロアから出ていってしまった。
「あ……」
 バタン、とドアが閉まる。千早は、ガックリと頭を垂れた。
「もう、千早ちゃんってば……大胆すぎだよ」
「だ、だって、春香が泣いてるのを見るのが嫌で、だから、つい……。あーもう、本当に穴でも掘って埋まっていようかしら……」
「それにね。やっぱりちょっと納得いかないなー」
「納得って、何に?」
 春香の言葉に、千早は顔を上げた。
「だって、今日は千早ちゃんの誕生日なんだよ。プレゼントをもらうのは、千早ちゃんの役なんだから」
 そう言うと、春香は膝立ちになり、両手で千早の頬を包んだ。千早は、春香を見上げる格好になる。
「だからね。ケーキはあげられなかったけど。これが、私からのプレゼント」
「春香?」
 次の瞬間。春香の唇が、千早の唇を塞いでいた。
 それは、ケーキよりも、甘い、あまい、心からのプレゼント──。

- Fin -

あとがき


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