アイドルマスター SS
休まない翼

「オーディション合格者は……四番だ!」
 合格者を照らすスポットライトは、春香と千早を通り抜け、その隣で止まった。嬉しさのあまり大きくジャンプする彼女。その他の参加者とは正反対に、輝いた笑顔だった。
「あ、呼ばれなかった人はもう帰っていいよ」
 投げやりな審査員の言葉に、不合格となった者は、黙々とステージから降りていく。その中には、春香と千早の姿もあった。
「……残念だったな」
 プロデューサーが慰めの声をかける。だが、それで彼女たちの気が晴れるわけではなかった。少し時間を置いて、プロデューサーは今度は千早に向かって話しだした。
「千早……いったい……いや、理由はわかってる。だが、そろそろ吹っ切れてくれないか。これでもう、三度連続だぞ」
 千早の様子がおかしくなったのは、春香と千早のユニットが、Cランクに上がった直後だった。レッスンに身が入っていない。営業に行ってもどこか上の空。そして、オーディションでの痛恨のミス。
 明らかに様子がおかしかった千早から、プロデューサーが聞き出した答えは、
「両親が離婚を決めた」
というものだった。
 千早の両親がずっと不仲だということは彼女自身の口から聞いていた。だが、ついに、離婚という決定的な自体に陥ってしまったわけだ。しかも、よりによってランクアップした直後に。全くの偶然とはいえ、タイミングが悪すぎた。高ランクのオーディションとなれば、ライバルも強力になるのは必然。そんな中で千早が不調のままでは、オーディションに受かるはずも無かった。
「すみません……」
 うつむいて、細々とした口調で千早は答えた。オーディション落選のショックなのか、両親の離婚の影響なのか、全くと言っていいほど覇気が感じられない。
「……とりあえず、事務所に戻ろう」
 千早は無言で頷くと、ゆっくりとした足どりで更衣室へと向かって行った。

「千早ちゃん、今日、このあと用事ある?」
 事務所での夕食兼ミーティングを終え、帰宅のために駅へと向かう途中、春香は千早に尋ねた。
「いいえ。特には……」
「じゃさ、明日休みだし、うちに泊まりに来ない?」
「えぇっ?」
 突然の提案に、千早は驚きを隠せなかった。春香とは、一緒に活動するパートナーとして、仲良くやっているつもりだった。初めの頃は衝突することもあったが、徐々にお互いのことを分かりあいながら、アイドルとしての活動を続けてきた。
 とはいえ、プライベートで二人で行動する、ということはあまり無かった。ましてや、相手の家に行く、などということはまったく考えてもいなかったのだ。
「でも、春香、ご両親は……」
 両親、という言葉にかすかに心が波立つ。だが、春香はそんなことには気づかない様子で、話し続けた。
「あ、今日ね、結婚記念日とかで二人とも出かけちゃってるんだ。だから、帰ってもつまんないし。ね、どうかな?」
 千早は首をかしげ、考えをまとめようとした。
 悪い提案ではない。今、あの家に帰るのは、正直、千早には辛いことだった。また、行ったところで春香やその家族に迷惑がかかるわけでもなさそうだ。もともと、アイドル活動をしているせいで門限に厳しいということも無い。断る理由は無いはずだ。それでも、千早はなぜか首を縦に振れなかった。
「あーもう、悩むよりまず実行だよ、千早ちゃん!」
 業を煮やした春香は、千早の手を取ると強引に引っ張って歩きだした。
「ちょっと、春香……」
 抗議の声は出すものの、千早はその手を振りほどこうとはしなかった。それをOKのサインだととった春香は、少し強く手を握ると、軽い足どりで、駅に向かって走り出した。

「春香……この距離を毎回通ってるの?」
「うん。そうだけど?」
「……遠すぎない?」
「もう慣れちゃったから」
 都心にある765プロの最寄り駅から、電車に揺られる事二時間(途中、三回の乗り換え)。ようやくたどり着いた春香の地元は、都心とはまったく異なる風景だった。ビルが建ち並ぶ代わりにこじんまりとした商店が立ち並び、ネオンサインの代わりには瞬く星空。遠くに暗い影を落としているのは連なる山々だろうか。
「さ、千早ちゃん、こっちこっち」
 小走りで春香が向かう方向には、一台のバス。千早が春香のあとに続いて乗り込むと、その後ろでドアが閉められた。
「危なかったー。これ、終バスだから、逃したら大変だったー」
「今日より遅い時もよくあると思うけど、そういうときはどうしてるの?」
「いつもはお父さんかお母さんに迎えにきてもらってるんだけどねー。さすがに今日はできないし」
 十分ほど走った停留所で、春香が席を立った。千早も続いて降りる。そこからさらに五分ほど歩いたところに、春香の家はあった。
「さ、どうぞどうぞ」
「お邪魔します」
 もちろん、家族はいないということで、返事は無い。
 千早は、春香の部屋へと案内された。八畳ほどの広さはあるだろうか。パステル調の色合いで統一された、春香らしい、明るい雰囲気の部屋だった。ベッドの上にはぬいぐるみ、部屋の角に置かれた勉強机の上には学校の教科書とノートパソコン、小さな本棚には、マンガやCDが並べられている。
「ちょっとお風呂沸かしてくるね。適当にくつろいでいていいよ」
 たんたんたん、と軽い足どりで階段を降りていく音が聞こえてきた。
 千早は、一通り部屋を眺めた後、小さくため息をついた。
「適当にくつろいで、って言われても……」
 幼い時分はともかく、ここしばらく人の部屋になんて招かれたことのない千早にとっては、どういう行動をとっていいのか分からなかった。
 とりあえず、もう一度部屋を見回す。目についたのは、やはり、CDの並べられている棚だった。
(春香は普段、どんな音楽を聴いているのかしら)
 棚の中から、何気なく一枚のCDを引き出す。千早も知っている、流行りの曲だった。もう一枚。今度は、数年前にヒットした男性バンドの曲。その隣は、千早も尊敬している、女性ボーカリストのアルバム。確か以前、春香に聴くよう薦めたことがある気がする。
(……なんというか、節操無い?)
「千早ちゃん、お待たせ。少ししたら沸くから」
「あっ、春香、これは、その……」
 床にしゃがんでCDを見ている姿を思い切り見られてしまった。特になんでもない行為のはずなのに、妙に気恥ずかしく感じられる。
「CD見てたの? いいよ。あはは、とりとめないでしょ」
 春香は苦笑した。持っているCDのバラバラさは、本人も自覚しているらしい。
「なんていうかさ。自分の方向性、みたいなのがよく分からなくて。それで、いろんなCD聞いたりしてるんだ。あ、でもだからかえって方向性が定まらないのかな?」
 千早にも思い当たるところはある。確かに、春香はなんでもそこそこにこなすタイプだった。ボーカル、それもバラード系を得意とする千早とはまったく異なるタイプだ。だからこそ、二人の個性がぶつかる事なく、いい具合に融合している、というのがプロデューサーをはじめとした周囲の二人への評価だった。
「CDはよく聴いてるの?」
「う〜ん。そうだねー。今みたいに、ちょっと時間の空いたときはよく聞くかな。でも、時間があるときは、外に出て散歩したり、友達とカラオケで歌を歌ったりが多いんだ」
 たわいのないおしゃべりが続く。ユニットを組んでだいぶ時間が経った気がするのに、お互い知らないことが、思っていた以上に多いことを千早は感じていた。
 そうこうしているうちに、ピピッ、と電子音が鳴るのが聞こえた。
「お風呂沸いたみたい。千早ちゃん、先入っていいよ」
「え、いいわよ。春香、先に入って。春香の家なんだし」
「いいからいいから。……あ、それとも、一緒に入ろっか?」
 千早は半ば無意識に、胸のあたりを両腕で隠した。知らない相手ならともかく、よく知った相手に、自分の貧相な体型を見られたいとは思えなかった。
「って言いたいところだけど、うちのお風呂、あんまり大きくないんだー。私は、終わった後洗濯物干したりするから、先に入ってくれると嬉しいな」
「ああ。そういうことなら……」
「はい。パジャマ、これ使って」
「ありがとう」
 パジャマと、ここに来る前にコンビニで買った替えの下着を持って、一階にある浴室に向かう。確かに、浴室はお世辞にも広いとは言えなかったが、程よい湯加減の風呂は、千早の心と体をリラックスさせるのに十分だった。
「お待たせ、春香」
 火照った体の千早が春香の部屋に戻ったとき、春香は大きなヘッドホンを着けてCDを聴いていた。CDプレイヤーの脇に置いてあるのは、あの千早が薦めたボーカリストのもの。
 千早が戻ってきたことに気づいた春香は、ヘッドホンを外して振り向いた。
「おかえり、千早ちゃん。お湯加減どうだった?」
「ええ、ちょうど良かったわ。ありがとう」
「良かったー。じゃ、私も入ってくるね」
 春香が着替えを持って部屋を出て行く。ヘッドホンは床に置いたままだ。千早は何となくヘッドホンを手に取ると、それを自分の耳に着けた。何度も聴いた曲のはずなのに、それは何故だか妙に新鮮に感じられた。普段は使わないヘッドホンのせいだろうか。それとも、ここが春香の部屋だからだろうか。
 やがて、CDは最後の曲を再生し終えると、その回転を止めた。千早はヘッドホンを外すと、深く息をついた。こんなふうに歌えるようになりたい──。
 その時、部屋のドアが開いて、春香が戻ってきた。
「お帰り、春香……なに、その目は?」
 春香は、ニヤニヤとした目で千早を見ていた。後ろ手に何かを持っているのがちらりと見える。何かを企んでいることだけは間違いなかった。
「んっふっふ〜」
「……似てないわよ」
「じゃじゃーん!」
 春香は、千早のツッコミを無視して、持っているものを披露した。
 千早の前に突き出されたのは、何かの入ったガラスの壜と、透明な二つのグラス。
「春香……これ、ワインじゃないの?」
「そうだよ」
「って、私たち、まだ未成年でしょっ!」
「まあまあ。固いこと言いっこなしで。せっかく誰もいないんだし。明日は休みだし」
「……春香、もしかして常習犯?」
「そんなこと無いですよー」
 そう言いつつ、春香の目はあらぬ方向を向いている。今回が初めて、というわけではないのは確実のようだった。
「大丈夫。これ、甘くて飲みやすいから」
 もちろん、ワインの壜は未開封だ。
「さ、これ千早ちゃんのグラスね」
 春香は手早く壜の蓋を開けると、千早の手前に置いたグラスに注ぎ始めた。かすかに金色がかった透明な液体が、グラスを満たしていく。続いて、自分のグラスにも注いでいった。
「さ、千早ちゃん、乾杯しよ、乾杯」
「……まったく、今日だけだからね」
「それじゃ、Cランク昇格祝いに、乾杯!」
「乾杯……」
 触れ合ったグラスが、チン、という小さな音を立てる。
 Cランク昇格祝い、ということはまたランクが上がったら飲む気だろうか、と千早は思ったが、諦めて、それを少しだけ口に入れた。
「あら」
「ど、飲みやすいでしょ?」
「ええ、そうね……ちょっと不思議な味だけど……いい香り」
 一瞬、口から喉にかけて熱さを感じる。そこを、冷たい液体が流れていくのは悪い感覚では無かった。
「まだいっぱいあるから、遠慮しないでね」
 こうして、二人きりの秘密のパーティーは始まった。

「……というわけなのよ。ひどいと思わない? いっつもいっつも自分のことばっかり考えて!」
「は、はあ……」
 どれくらい飲んだのだろうか。気がつけば、千早はすっかりできあがっていた。普段のクールな印象とは大違いで、感情を露わにして話している。
「どうせ離婚するんなら、もっと早くすれば良かったのよ! なんで、私がやる気になった頃にあんなことするのよ!」
 ごくり。グラスの底に残っていたワインを飲み干す。
「で、でもまあ、そこは、いろいろ事情があったんじゃないかなあ?」
 少しなだめようとしたが、それは千早にとっては逆効果だった。
「春香になにが分かるって言うのよ!」
 握り拳で床を叩く。フローリングの床が、ダン、と音を立てた。
「くっ……」
 痛みは、千早の意識を少しだけ引き戻したようだった。話し続けていた千早の言葉が途切れる。
 しばしの沈黙のあと、口を開いたのは春香だった。
「わかんないよ。わかるわけ……無いじゃん」
「春香?」
「私の家は、両親とも仲いいから、離婚とか言われてもピンとこないし」
 春香も、グラスに残っていたものを一気に飲むと、話を続けた。
「千早ちゃんは、765プロにスカウトされて入った、って言ってたよね?」
「え、ええ」
 突然、違う話をされて、酔いの回った千早の頭は混乱していた。とりあえず生返事を返して、続きを促す。
「私はさ、プロダクションオーディションで合格して入ったんだけどさ。それまで、何回、オーディション受けたか、知ってる?」
「……三回ぐらい?」
 春香は、わずかに微笑んで、それを否定した。
「十回目、だったの」
「十回!?」
 予想外の数字に、千早は驚きを隠せなかった。
「中学時代からの通算だけどね。お父さん・お母さんとの約束でね。十回受けて、それでもダメだったら、才能がないということだから諦めろ、ってさ」
 春香はグラスを持って、そこに何も入っていないことに気づくと、そのまま静かにグラスを置いた。
「さすがに、九回目に落ちたときはショックだったなー。もうあとが無い、って、今までの自分の人生の中で一番キツかった時期かもしれない」
「よく……十回目を受ける気になったわね」
「だって、ずっと、夢だったんだもん。アイドルになること」
「夢……」
「本当言うとね、もう諦めようかとも思ったんだ。でも、お母さんにこう言われたの。『苦しいときこそ、夢をはっきり思い描きなさい』って。だから、私、自分の夢をもう一回見つめなおしてみたの。そうしたら、分かっちゃったんだ。立ち止まってる場合じゃないって。そして、必死で練習して、合格したんだよ」
「そうだったの……知らなかった」
「千早ちゃんの夢は?」
「え?」
「千早ちゃんの夢は、今、ちゃんと描けてる?」
「私の、夢……」
 世界中の人に、私の歌を届けたい。
 それは、途方もない夢かもしれないけど。
「そう……よね。夢をかなえるために、アイドルに、なったんだものね」
 この苦しみを乗り越えられる強さを持たなければ、きっと夢はかなえられない。それに、目の前には、同じように苦しみを乗り越えて夢を目指している少女がいる。
 彼女のように、迷わない強さを。私もいつか胸に抱きたい。海を渡る鳥のように、休む事なく夢を目指す強さを。
「ありがとう……春香」
 本当に、心からの感謝の言葉。それは、とても心地よいものだった。
 春香は、にっこりと笑うと、おもむろに千早を抱きしめた。
「は、春香!?」
「あとね、お母さんに言われたこと、もう一つあるの」
 アルコールのせいだろうか。春香の体温が妙に熱く感じられた。
「泣きたいときには泣いてもいいんだよ。そして、その涙を受け止めてくれる人を見つけなさい、って。千早ちゃん……たぶん、まだ泣けてないよね?」
「春香……」
「私には、あの時お母さんがいてくれたから。でも、今の千早ちゃんは、お母さんには頼れないよね。だったら……私が、その役になりたい。千早ちゃんの涙を、受け止める相手に」
「どうして……どうして?」
「だって、パートナーだもん。お互い、二人きりの。……ううん。ちょっと違うかな。たぶん、私が、千早ちゃんのこと、好きだから」
 千早を抱きしめる腕に、力が込められる。それが、引き金になった。
「春香ぁっ」
 千早も、春香の背中を抱きしめた。その瞳からは、涙がとめどなく溢れていた。
「春香、春香ぁ、わあああぁぁぁぁんんん」
 春香は、何も言わずに、抱きしめたその手で千早の背中をゆっくりと撫で続けていた。

(さて、今日の二人はどんな様子かな……)
 765プロのオフィスで、プロデューサーは二人が来るのを待っていた。そろそろ到着する時間だ。
(特に千早は、立ち直っているといいんだけど。春香が『なんとかする』とは言ってたけど、大丈夫だろうか……)
 そんなことを考えていると、入り口のドアが開いて、二人の少女が姿を現した。
「おはようございます、プロデューサー」
「おはようございます、プロデューサーさん」
 笑顔で挨拶をしてくる二人を見て、二人のテンションが非常に高いことをプロデューサーは感じ取った。
「おはよう、二人とも。今日は元気だな」
「ええ。もう、やる気十分ですよ! ね、千早ちゃん」
「ええ。プロデューサー、今日もよろしくお願いします!」
 どうやら、千早はしっかりと立ち直ったようだ。
「よし、それじゃあ、今日はレッスンを行おうか。二人とも、先に駐車場に行っててくれ。準備が出来次第、出発だ」
「はいっ! 行こっ、千早ちゃん」
「ええ」
 春香が差し出す手を、千早がごく自然に取り、二人はそのまま走り出した。
(こりゃあ……ひょっとしたらひょっとするかもなあ)
 二人の間に何があったのか、気にならないと言ったら嘘になるだろう。だがそれよりも、プロデューサーにとっては、二人のさらなる成長が楽しみで仕方がなかった。
「春香……一緒に、トップアイドル、目指しましょう」
「うん、約束だよ。絶対、二人で」
 ドアを開けて、外に出た二人を、温かな陽差しが優しく照らし出していた。

- Fin -

あとがき


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