アイドルマスター SS
ときには少女のように

 ボクは、耳にかけたイヤフォンを外すと、持っていた紙を目の前の机の上に放り投げた。
「はぁ……」
 つい、ため息が出てしまう。
 ここは、765プロの小会議室。会議室と言っても、衝立で区切られている、飾り気の無い椅子と机が置いてある場所だけど。
 今、ここにいるのはボクひとり。イヤフォンにつながった携帯オーディオプレイヤーに入っているのは、プロデューサーから渡された新曲。持っていたのは歌詞の打ち出されたコピー用紙。
「なんでこんな歌、選んだんだろう。プロデューサーってば……」
 新曲は、いかにも女の子らしい、甘く、それでいて切ないラブソング。こういう歌は嫌いじゃないけど、自分で歌うとなると、どうしても、違和感を拭えなかった。
 デビューから今までプロデューサーが選んでくれたのは、テンポのいい、かっこよかったり明るい歌が多かったのに。ボクもそういうイメージで売り出していく物だと思ってたんだけど。
「雪歩なら似合いそうだよね……」
 別の仕事に出ていて、今はここにはいないパートナーのことを思い浮かべる。華奢な体で、控えめな性格で、花のように笑う、かわいらしい女の子。
「女の子らしくなりたい!」
 そんな理由で入った芸能界。そこでボクとユニットを組む事になった萩原雪歩という子は、ボクが理想としていた女の子、そのもののような存在だった。控えめな性格。守ってあげたいと思わせるしぐさ。はかなげな声。正直に言って、嫉妬したことも何度もある。
 もっとも、雪歩に言わせれば、『真ちゃんみたいにしっかりした人になりたいです』ということらしいんだけど。ホント、世の中、ままならないと思う。
 ボクは、目を閉じて、雪歩がステージの上で新曲を歌っている姿を想像してみた。ふわりとした衣装に身を包み、細い手足を精一杯広げる。甘い声が会場を包み込む。頬を少し紅く染めて、観客の歓声に手を振って応える雪歩。
「綺麗だろうなあ……」
 そんなことを考えていると、まるで、自分がプロデューサーになったような気分になる。
 そして、歌い終えた彼女は、息を弾ませながら舞台の袖に立っているボクのところに駆け寄ってくるんだ。ボクはそんな雪歩を優しく抱きしめて……。
「ただいま、真ちゃん」
「わっ、わっ、雪歩!?」
 目を開くと、そこには想像じゃない、本物の雪歩がいた。ステージ衣装ではない、見慣れた私服姿。
「お、お帰り。もう仕事、終わったんだ?」
「うん。ちょっと緊張したけど、上手くいったと思うよ」
 えへへ、と、照れたように微笑む雪歩。そんな姿が、とてもかわいらしいと思う。
「真ちゃんは何してたの?」
「ん? ああ、これ」
 ボクは、机の上に散らばった紙をまとめて、雪歩に手渡した。
「ああ、新曲の練習してたんだ」
「ねえ、雪歩。この歌、どう思う?」
 ちょうどいい機会かもしれないと思って、ボクは雪歩に尋ねてみた。
「え? すごくいい歌だと思うけど」
「ボクがこの歌を歌うのって……変じゃないかな?」
「どうして?」
 雪歩は、真顔で尋ねてくる。
「だって、今までの歌とイメージ違いすぎるし……。それに、こんなかわいらしい歌、ボクには似合わないかな、って」
「そう言われればそうかもしれないけど……えーと……」
 雪歩は、ボクの言葉を肯定しつつも、何か言い出そうとしている。雪歩がこういうとき言葉を選ぶのに時間をかけてしまうのは知っていたから、ボクは黙って雪歩の次の言葉を待った。
「あ、あのね。真ちゃん」
 しばらくして。雪歩がようやく口を開いた。
「真ちゃんは、すごく、かっこいいけど、でもね、あの、それだけじゃなくて、女の子らしい面もあると思うの」
「たとえばどんな?」
 ちょっと意地悪な口調で訊いてみた。
「だって、真ちゃん。そうやって、どんなふうに見られてるかって気にするのって、すごく、女の子っぽいよ」
「えっ?」
 それが……女の子っぽい?
「だって、ボクたち、アイドルだよ。人に見られるのが仕事なんだから。そりゃ気にするのは当然──」
 だけど、雪歩はボクの言葉をさえぎるように、首を横に振った。
「アイドル、って言っても、いろんな人がいるよ。あくまで自分自身の本心を出す人とか、かわいらしく見えるような演技が上手い人とか。でも、真ちゃんは、私やプロデューサーの前でも、ファンの前でも、どんな自分を見せたいのか、どんな自分になりたいのか、って考えてる気がする」
「雪歩……」
「それは、とても、普通の女の子っぽい悩みだと思うの」
 雪歩は、一息つくと、再び話しだした。
「ねえ、真ちゃん。最初に会った頃の私のこと、覚えてる?」
 会った頃の雪歩……そういえば、こんなにはっきりと物を言う子じゃなかったような。
「私はね、ずっと自分に自信がなくて。そんな自分が大嫌いで。だから、何かを変えたくて、アイドルを目指したんだ。それでも最初のうちは本当にダメダメで……。でも、プロデューサーや、ファンの人たち、それに、真ちゃんと出会えて、少しだけかもしれないけど、変われた気がするの」
 そうだ。最初はずっとおどおどしていて。すぐ泣きそうになって。何かというと謝ってばかりで。ちょっと苦手なタイプだって思ったんだ。でも、今では、こうやってお互いのことを話し合えるくらいに、大切なパートナーだって思える。
「だから、真ちゃんが本当に悩んでるんだったら、今度は私が真ちゃんの力になりたい。そりゃ、私なんかじゃ役に立たないかもしれないけど……」
「そんなことないよ。ありがとう、雪歩」
 雪歩と話せて良かった。本当にそう思う。 「女の子らしい、って難しいね」
 かわいらしい服や、キラキラしたアクセサリーが、女の子らしいって、ずっと思ってた。だから、それが似合わない自分を変えたくてアイドルになったけど。
「一緒に、がんばろう。真ちゃん」
 雪歩が、ボクの手をギュッと握る。その手の温かさ、柔らかさがとても心地よくて。ボクも雪歩の手を、優しく握り返した。
 とくん。とくん。
 どうしてだろう。心臓の音がとても大きく聞こえる。なのに、全力で運動した後のような苦しさはまったく無くて、むしろ、とても気持ちよく感じる。まるで、雪歩の体温が、ボクの中に入ってくるようで。
 ボクは、握られた手に注いでいた視線を上にあげた。そこには、雪歩の瞳があった。雪歩とボクとの視線が絡み合う。
 不意に、雪歩の瞳が揺らいだ。ような気がした。ボクは、それを確かめたくて、そっと顔を雪歩に近づける。雪歩も同じように顔を近づけてきて──。
「おーい、真ー、雪歩ー、いるかー?」
 廊下から、プロデューサーの大きな声が聞こえてきた。ボクはとっさに雪歩から体を離した。
「は、はい! ここです、プロデューサー!」
 立ち上がって、衝立の上へと手を伸ばす。すぐにプロデューサーはこちらにやって来た。
「ど、どうしたんですか? プロデューサー?」
 雪歩も立ち上がって訊ねた。
「いや、そろそろレッスンの時間だからな。迎えに来ただけだが……どうかしたか? なんだか二人とも顔が赤いぞ?」
「な、なんでもないですよ! ね、雪歩」
「ねー、真ちゃん」
 二人で、笑顔を浮かべて誤魔化そうとしたけど。きっと今の笑顔では、オーディションだったら真っ先に落選に違いないだろうと思った。
「? まあいいけど……さっさと支度しろー」
「はい、プロデューサー」
 ボクと雪歩は、連れ立ってオフィスのロッカーに荷物を取りに向かった。
「ねえ、真ちゃん」
「なに? 雪歩」
「これからも、ずっと一緒にいられるといいね」
 そう言って微笑む雪歩の表情に──ボクは、また心臓が大きく動くのを感じてしまう。
「真ちゃん?」
「う、うん。そうだね」
 この気持ちがなんなのか、自分でもまだよく分からないけれど、きっと大事なことだと思うから。
 今はもう少し、このままでいさせてください。
 ボクは信じてもいない神様に向かって、秘かにそう願った。

- Fin -

あとがき


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