カレイドスター SS
夢の迷宮

「まなみぃ〜〜〜〜〜。ノート写させて〜〜〜」
「嫌よ」
 泣きつくそらを、あたしはあっさりと切り捨てた。もうすぐ中間テストだというのに、何を言い出してるんだか。
「そんな事言わないで〜〜。お願いします、神様、仏様、まなみ様ぁ〜〜」
「だから、日頃からちゃんと勉強しなさいってあれほど言ってたのに」
「うぅぅ、そう言われましても。ね、今度また髪、切らせてあげるから」
「まったく……。今回だけよ」
「うんっ。ありがとう、まなみ!」
 あたしは軽くため息をつきながら、そらにテスト範囲の内容が書かれた自分のノートを渡した。つくづく、甘いなあと自分でも思う。
「もう私たちも中学三年よ。受験生よ。わかってるの? そら?」
「え、まあ、一応は……」
 この様子だと、あまり受験生、という自覚は無いようだ。あたしは、もう一度、ため息をついた。

 あたし、倉田まなみと、この友人、苗木野そらとは、小学五年生の時に知り合った。以来、中学三年まで五年間の腐れ縁の仲だ。そらはいつも明るくて前向きで、面白い子だった。
 で、あたしは今、進路指導室の前で待ちぼうけを食らっている。もう帰ってしまおうかと思ったとき、がらっと引き戸が開いて、ようやく中からそらが出てきた。
「はぁ〜〜〜っ」
「また随分と盛大なため息ね」
「あ、まなみ、まだいてくれたんだ」
「待ってて、って言ったのそらじゃない。それに、約束もあるしね」
「あ、やっぱ覚えてたんだ……」
「当然でしょ? さ、帰りましょ」
 初夏の心地よい日射しの中、あたしとそらは連れ添って学校を出た。
「で、先生にはなんて言われたの?」
 あたしは、さっき進路指導室から出てきたそらの表情を思い出しながら、訊いた。
「もうちょっと真面目に進路考えろ、だってさ……」
「また、『カレイドステージ』とか書いたんでしょ」
「えぇっ! なんで判ったの?」
「あんた、いっつも『カレイドステージに行って、カレイドスターになるんだ』って言ってたじゃない。耳にタコができたわよ」
「そ、そうだっけ。あははは……」
 そらの夢。カレイドスター。会ってすぐの頃からずっと聞かされていれば嫌でも覚える。
「だいたい、無謀よ。いきなり、アメリカに行って、それも世界最高峰って言われてるカレイドステージに入るだなんて。そらだったら、新体操で特待生として引く手あまたなんじゃない?」
「うん、先生にも同じこと言われたよ。新体操であれだけ素晴らしい結果を残しているし、既に何件か非公式にオファーが来てるって」
「ちょっと、それ、すごいじゃない!」
 そらは新体操部で、全国大会上位に入る実力の持ち主だ。だから、そういう申し出があってもおかしくないとは思ってたけど、いざそういう話を聞くと、驚いてしまう。
「それでも……やっぱり、わたしはカレイドステージに立ちたいんだ。ずっと、夢だったんだから」
 夢、か。
 あたしにだって、夢はある。でも、その夢はまだ誰にも言えないでいた。両親や先生は、高校、そして大学への進学を望んでいるし、あたし自身も、その方がいいと思っている部分がある。
「ねえ、まなみは何になりたいの?」
「そうね……まだ決めてないわ。とりあえずは、高校に合格すること、かな」
「ふうん。でも、まなみなら大丈夫じゃない? 頭いいし」
「さあ、どうかしらね」
 そう言ったきり、何とはなしに二人とも黙ってしまった。二人分の足音だけがアスファルトの路面に響く。
「ねえ、そら」
 沈黙を破ったのはあたしのほうだった。
「何?」
「もし、カレイドスターになれなかったらどうするの?」
 真っ直ぐに夢を追い続けるそらが、あたしには眩しくて。つい、意地悪な質問をしてしまった。すぐに後悔するだろうことは分かってるのに。
「う〜ん、分かんないな」
「わかんない、って、そんな!」
「だって、夢を諦めた自分、ってのがうまく思いつかないんだもん。もし、自分の実力が足りなくてカレイドステージに入れなかったとしたら、もっともっと努力すればいいだけだし、わたしの努力でどうにもならない時は……それは、結局わたしがどうにかできる話じゃないから、運を天に任せるしか無いし」
「そら……」
「それに、いろいろ考えるのって苦手なの。考えるより、体を動かすのが先に来ちゃうんだ、私の場合」
「なるほど……ようするに、バカ、ってことね」
「う、まなみ……もう少し言い方って物が」
 なんだか、自分が悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまう。
「それより、約束でしょ。髪、切らせてよね」
「はいはい」

 あたしは家につくと、さっそく準備にかかった。椅子をベランダに持っていき、そこにそらを座らせる。その上から大きめのバスタオルをかけて。これで簡易美容室の完成。
 まずはブラシで髪を梳く。ゆっくり、丁寧に。そらの髪は結構硬くてくせがつきやすいから、これは必須。ブラシに捕まった髪が数本、抜け落ちて地面に落ちた。
「ふあぁぁぁ」
 すわったままのそらが、盛大なあくびをした。
「なに、そら。寝不足なの?」
「ううん。でも、こうぽかぽかした陽気の下だと、ついね……。それに、まなみに髪触られるのって、気持ちよくて」
「そ、そう?」
「うん。すごく優しい感じがして、わたしは好きだなあ」
「……ほめたって、何も出ないわよ」
「えへへ。別にそういうつもりじゃ……」
 それでも、あたしはしばらくそらの髪を梳いていた。
 髪がほどよく整ったところで、あたしはハサミを取り出した。切る、といっても先の方を少しだけ切って形を整えるだけ。でも、そうやってあたしの手で誰かの髪を綺麗にしていくのが、あたしは好きだった。
「ねえ、そら。結構髪傷んでるわよ。シャンプー、変えてみたら?」
「そう? あんまり気がつかなかったなあ」
「これだけの長さがあるから、多少傷んじゃうのは仕方ないけどね。カレイドスターともなれば、常にみんなに見られるんだから、そういうところにも気をつかわなきゃ」
「そうだね……うん。考えてみるよ。今度シャンプー買いに付き合ってくれない?」
「いいわよ。それくらいなら」
 チョキ、チョキ、チョキ。話すのをやめると、ハサミが髪を切る音だけが聞こえてくる。静かで、気持ちのいい音。
 やっぱり……これが自分の夢なんだ。改めてそう、思った。
「はい、おしまい」
 ハサミを置いて、もう一度ブラシで髪を整える。うん、我ながらいい出来だ。
 あたしは姿見を持ってきて、そらの後ろに置いた。
「どう? なかなかでしょ?」
「うわ、ほんとだ。なんか綺麗になった感じ」
「でしょ? 髪の毛って、結構人に与える印象、大きいんだよ」
「うん、ありがとう、まなみ」
「いいっていいって。こっちも好きでやってるんだから。本当なら、免許取らなきゃやっちゃいけないのよ」
「え、そうなの?」
「そうよ。ちゃんと教習を受けて、筆記試験と実技試験受けて、免許取らなきゃいけないの」
「じゃ、まなみ、無免許営業だ」
「お金取ってないからいいのよ」
「うわ、なんかすごい理屈……。でも、詳しいんだね、まなみ」
「ま、まあちょっと調べたことがあるだけよ」
「でも、まなみなら頭いいし、これだけの腕があるんだから、免許だって楽勝だよね」
「あのねえ、別に免許取るために勉強してるんじゃないのよ」
「そうなんだ。でも、もったいないなぁ」
 言うほど簡単じゃない。それに、免許をとっても仕事に就けるかどうかはまた別の問題だ。なのに、そらはそんな事考えもせずに、免許を取れだなんて言う。そらのそんな所が──少し嫌いだった。
「じゃあね、まなみ。また学校で」
「うん、またね」
 そらが帰ったあと、ベランダを箒で掃いて綺麗にする。もうすっかり陽は傾いて、夕焼け空が見えた。
「あたしは……どうしたらいいんだろう」
 まるで、夢という名の迷宮に迷い込んだみたいだった。出口は見えているのに、どうしてもそこにたどり着けない。そんなあたしには、ただ真っ直ぐに夢という出口を目指す、そらが羨ましかった。

 それから一年と少しして。あたしは交換留学生としてアメリカにいた。高校に入っても、結局美容師という夢は捨てられなかった。そして、その事を誰にも言えずにいる事も、中学の頃と変わっていなかった。
 ホームステイ先で、何気なく新聞をめくっていたとき、そのニュースは舞い込んできた。
「なになに。新人の日本人少女がカレイドステージの主役に大抜擢……って、そら!?」
 間違いない。小さな写真だけど、そらだ。
 公演は明後日から。場所はボストン。……行こう。決めた、そらに会おう。一足先に夢を掴んだそらなら、あるいは夢を追った事を後悔しているそらなら、今のあたしに答えをくれるかもしれない。
 あたしは飛行機のチケットを予約するべく、近所の旅行代理店へと向かった。

- fin -

あとがき


 感想などありましたら、 掲示板 か メールでお願いします。
 また、下記のフォームでも送れます。
 お名前:
 E-Mail: ※必須ではありませんが、書いていただければ必ずお返事します。
 URL: ※Webサイトをお持ちでしたら教えてください。
 気に入った点があれば教えてください: 登場人物 ストーリー 文体 セリフ 設定 その他
 コメントがあればお書きください。厳しいご意見も大歓迎です。
  
 コメントをWebで公開したくない場合はチェックしてください

文月の本棚: ガンパレ シュガー 灰羽連盟 マリみて アカイイト・アオイシロ アイドルマスター その他 オリジナル
表紙 PC 小説 不定記 伝言板 Gift リンク about